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「足痛くないんすか」
「そりゃもうめっちゃ痛いよー」
「めっちゃ痛いのに、履くんすか」
7センチヒールなんか、大学生の頃のサキ先輩は履かなかった。
象柄や孔雀柄、「それどこで買ってるんすか」と思わずツッコミたくなるような民族調のワンピースに合わせていたのは大抵ビルケンかごついエンジニアブーツ、それかキティちゃんの健康サンダルだった。ビビッドな色合いの服と金髪のお団子を目印に、俺は薄暗い構内や人がごった返す学生食堂でだって、どんなに遠くからでもサキ先輩を見つけることができた。
明るい金髪は、たまにくるくるのパーマがかかったり、宇宙人みたいなピンク色に変わったり、腰までの黒髪ストレートに変化して、俺やみんなを驚かせた。けれど万人受けする栗色のミディアムヘアなんて、一度も見たことがない。隣を歩くサキ先輩はあの頃とは別人みたいだ。
「サキ先輩、なんで今日大学来てたんすか」
「あー……」
サキ先輩の声のトーンが低くなる。
「転職しようと思って、卒業証明書取りにきたんだよね。3年未満での退職なんて甘えだって親にも言われちゃった。ダサいよねー」
「……ダサくないっすよ」
厳しいんだろうなぁ、と思う。社会人。それはスネかじり貧乏大学生――おまけに内定のひとつも持っていない俺には想像もつかない世界だ。
ため息が出た。「どしたー」とサキ先輩が俺を見る。
「自分の変わり映えの無さに呆れて」
「いいじゃん、モラトリアムを謳歌できるのが学生の特権じゃん。ていうか庄司が変わってたら、なんか嫌じゃん」
「いや、俺だってちょっとは大人の男になってたいじゃないですか」
サキ先輩、めっちゃ綺麗になってるし。
思わず本音がぽろりとこぼれる。サキ先輩の耳元でピアスが揺れる。
「庄司、彼女できた?」
全然、と首を振る。たまにセックスする相手はいるけど、それとこれとは別の話だ。
「いやほら。だって俺ってサキ先輩好きじゃないですかー」
「やだ相変わらずめっちゃチャラい」
変わらないでよ、とサキ先輩がつぶやく。
「変わらないでよ、庄司」
サキ先輩の右手と、俺の左手がかすかに触れ合う。そのまま指先を絡めた。サキ先輩は振り払わなかった。
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