サキ先輩

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* 俺とサキ先輩はキスしたことがある。 サキ先輩の代の追い出しコンパの時のことだ。普段からノリの良さを自負している俺はめちゃくちゃに飲まされた。「しょーじくんの、ちょっといいとこみてみたい!」と渡されるジョッキやピッチャーを「それじゃあいいとこ見せちゃうぞ~」と身体に流し込んでいたら、トイレに行こうと立ち上がった時には真っ直ぐ歩くことができなくなっていた。 店員さんの「突き当たりを右です」という明るい声に、右ってどっちだっけ? とふらつきながら進む。ゴム製の黒いサンダルが廊下に引っかかった。座敷から聞こえるコールがやけに遠い。「ちょっとヤバいかも」、と壁に手をついた時だった。 「やだ庄司、こっち女子トイレだから」 サキ先輩の笑う声がして、こっちだよ、と手を引かれた。 「さきせんぱーい」 「はいはーい、なんですかー」 「そつぎょおしないでくださいよぉ」 情けない声が出た。 新しい春が来る。サキ先輩がいなくなる春が来る。学内で金髪のお団子を見かけることも、「サキせんぱーい」と大声で叫ぶこともなくなる。そんな春が。 「めっちゃ、すきっす」 繋がれた手のひらが温かくて、目の奥はもっともっと熱かった。もう会えなくなる。嫌だ。だって、俺はずっと サキせんぱい。すげぇすき。ほんとすき。しぬほどすき。健太先輩よりも、おれのほうが、ずっと、 健太先輩の名前を出した瞬間に、サキ先輩の瞳が大きく開いて、震えた。分かっていて、とまらなかった。素面で思い返すと死にたくなる。泣き言に似た告白が終わるまで、サキ先輩は黙っていた。 「庄司はほんと、あたしのこと好きだなぁ」 うなだれた頭に手が伸ばされる。髪をぎこちなく撫でるサキ先輩の、やだ、ワックスつけすぎぃ、という声に、ほっとしたような、謝りたいような気分になる。 「……ばかだなぁ」 サキ先輩の声が掠れていた。えーえーどーせ、ばかですよー、そう口にしようとした瞬間に、背伸びをしたサキ先輩の顔が目の前にあって、そのまま唇と唇が触れた。鼻先にふわりと柑橘系の香りがした。 瞬きをする。もう一度目を開けても、そこには変わらずサキ先輩がいた。ああ、夢じゃない。それともやっぱり夢なんだろうか。どっちでも構わなかった。幸せで背中が震えた。舌を入れることなど怖くてできなくて、柔らかい唇をそっと食む。時間が止まればいいと願った。 しばらくすると、サキ先輩は何事もなかったかのように、みんなのいる座敷へと戻っていった。 壁を背にずりずりと座り込む。乾燥した空気が頬に張り付いて、夢が終わってしまったことを知る。取り残された下半身がじーんとした熱と痛みを持て余していた。蛍光灯の明かりが眩しい。どうせならおっぱいくらい揉んどけばよかった、と思うと笑えてきて目頭を押さえた。泣きたいのか、俺。馬鹿じゃないのか。ヒビのはいった唇を舌で舐めると、ひりつくような痛みがあった。 そのままサキ先輩は卒業した。あの夜の理由も聞けないまま、俺はまだ夢の中に取り残されている。
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