第十二連鎖 「招カレザル客」

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第十二連鎖 「招カレザル客」

テレビ画面を見ながら二人の少女がポテトチップスをつまんでいた。 クラスは違えども同じコーラス部員の二人。 同じ学校の生徒二人のイジメによる自殺と顧問の自殺。 学校での射殺事故と、それに伴う校舎一部の一時的閉鎖。 そして大型台風の勢力拡大による休校の延長。 同コーラス部員と男子生徒への捜索願。 それらの出来事は彼女達の処理能力を遥かに超えていた。 そして彼女達の母親は同じ病院の看護師であり父親もまた医師であった。 両親が共に台風による急患の為に病院に泊まり込んでいる。 電車事故の時に勤務してから帰宅せずにそのままだったのだ。 アニメのキャラクターの様な声が特徴的でCVと呼ばれている少女。 彼女の家に泊まりに来ているのはグラビアアイドルの様なスタイルの友人。 グラビと呼ばれるのをブラッド・ピットのファンなので喜んでいた。 互いの両親の希望でもあるので、彼女達は一緒に過ごしている。 「…それでネガのメールの意味分かった~?」 「全くもってイミフー。」 顧問の自殺を悲しみつつも、送信されてきたメールを不気味がっていた。 それはパスワードでリンク先が開くという不思議なメール。 「センターからのラインは読んだでしょ~?」 「読んだ読んだー。」 「それ~、リンダリンダじゃん。」 二人はテレビ画面を見ながら、音楽を流していた。 窓の外の強風の音を聴きたくなかったのである。 「スルーするしか無いよね~?」 「そんな事しませんよー、ちゃんと返しといたよー。」 「およっ、何て~?」 「誰にも言わんから、ウチに泊まりにおいでよってねー。」 「ピクも一緒に連れて来たりしてね~。」 「もちろん、それも言っといたー。」 二人は同時に笑い転げた。 二人なら台風なんて怖いとも思っていない。 テレビ画面ではスーパーの駐車場のカフェが映っていた。 犯罪者が立て籠もっているのを、警官隊が取り囲んでいる。 その生中継を彼女達は流し見していたが消してしまった。 「学校で人を撃った犯人らしいよ~。」 「何も起こんないし、どうせ捕まるってー。」 「だよね~。」 彼女達は変化の乏しいテレビ中継に飽きて、ゲームをする事にした。 ゲームしている間に朝になってしまうのを望んでいたのだ。 同時刻に、そのテレビの生中継を食い入る様に見ている者もいた。 最初の犠牲者の第一発見者であり、呪いのドミノを倒してしまった青年。 彼は自分の責任を感じ、感情が死んでしまったのである。 この呪いの拡大を、ただただ見届けているだけであった。 そして自分自身に対する負の感情も更に拡大させていったのである。 画面の中では事態が進行している様であった。 警官隊の包囲網が段々と狭まっていったからである。 画面を見ていた青年は余りの事態に驚愕した。 警官隊の間を抜ける様に一人の子供が歩いて出て来たのである。 「…!?」 その子供は、まるで誰にも見えていないかの如く悠然と歩く。 誰も連れ戻そうという気配すら見せない。 これは何だ、一体全体どうなっているんだ…? あの子供は誰だ…? 両手を挙げて投降しようとしていた犯人が反応した。 急に拳銃を抜いて子供に向かっていったのだ。 そして乾いた銃声が二度聴こえて、その男は倒れた。 目の前に倒れた男を子供が中腰になって見ている。 警官隊は子供に注意を払いもせず倒れた犯人を取り囲む。 アナウンサーは絶叫を繰り返し続けていた。 生中継中の犯人の射殺、それは史上最も衝撃的な放送だからだ。 だが誰も子供に注意を向けていない。 どうして…、何故だ…? 近くの建物の屋上からのカメラが倒れた犯人をズームアップした。 遺体の近くにしゃがんでいる子供もアップになる。 その小太りの身体中が血にまみれていた。 そしてカメラに向かって振り向いて顔を向ける。 真剣にみつめていた青年も思わず顔を背けた。 その子供はテレビ画面越しに青年を指差したのである。 そして微かに嗤いながら呟いた。 「…ヒトゴロシ。」 小さく、だがハッキリと頭の中に響いたのである。 その言葉に、青年は意識が遠のいていくのを感じた。 あの子供こそ…ボスだ。 彼は薄れゆく意識の底の深層心理で確信していた。 自分が殺した…ボスだ。 彼は気絶する様に深い眠りに落ちていった。 射殺されてしまった元巡査の遺体を写しながらライターは茫然としていた。 彼にも元巡査や第一発見者の青年と同様に、子供が見えていたからだ。 子供が警官隊の間から出て来た時にライターは驚愕した。 一人で何の躊躇もなく歩いて向かってくる。 そして周囲の誰一人として制止しようとしていない。 …一体全体どうして、何で誰も注意しないんだ? 元巡査と自分にだけは見えている様だ。 だが、それは何で? ふと思い付いた彼は子供に向けてシャッターを切った。 カメラだけではなく、スマホでも写真を撮ったのである。 もし映っていれば大スクープになるだろう。 彼は夢中になってファインダーを覗いてシャッターを押し続けた。 …その時である。 一瞬だけファインダーの中の子供と目が合った気がした。 その中で子供が自分の方を指差した様に見える。 ライターは戦慄した。 そして射殺された元巡査の言葉を思い返したのである。 彼を殺人犯にしてしまった子供の話、そしてその言葉を…。 もしかして…。 彼は人質として囚われたカフェの客の一人である。 だが元巡査である犯人は理性的であり紳士的であった。 ライターである彼の提案を受け入れてインタビューに応じる。 その会話にもおかしな所は全く無く、論理的な矛盾も無い。 彼は正当防衛と過剰防衛をしてしまった巡査そのものだった。 ライターはインタビューをデータ化して早々にデスクに送る。 レコーダーもスマホも警察に渡す事になりそうだったのだ。 彼は元巡査が気にいっていた、殺人犯にも関わらず。 なので記事にして彼に関する事実を公開したかったのである。 彼を殺人者足らしめたものは一体全体何だったのか? 彼自身も、それを突き止めたかったのである。 この一連の事件の関連性を解きたかった。 彼自身はオカルト系雑誌のライターにも関わらず現実主義者である。 呪いも幽霊も含めたオカルトを全く信じていない。 ただ、この不自然な連続性の説明が欲しかったのである。 彼自身も、もう一度あの子供に会う事を望み始めていた。 それは元巡査の弔い合戦の意味合いも含んでいる。 …ピンポーン、…ピンポーン。 鳴らされたインターホンにCVとグラビは顔を見合わせた。 どちらの両親も今日は泊まりで勤務である。 「…こんな天気の、こんな時間に客~?」 「誰よー?」 CVは立ち上がって廊下にあるインターホンのモニターを覗く。 モニターが付いていて良かったと思いながら。 その画面には捜索願が出されているセンターが映っていた。 無表情でモニター越しにも顔色の悪さが確認が出来る程である。 だがCVは顔見知りでホッとしたのか、直ぐドアロックを解除した。 そして不安そうなグラビに笑顔を向けながら小声で喋りかける。 「マジでセンターだよ~。」 道化ながら廊下をリビングへと戻ってくるCV。 その背後ではドアが開けられる音が聴こえてくる。 グラビも安心したのか笑顔をCVに向けた。 「さあさあ、いらっしゃ~い。」 CVは後ろを振り返りもせずにセンターに話し掛けた。 だがセンターからは何の一言も返っては来ない。 「今日はウチらだけだから~、安心して泊まっていきなよ~。」 CVはセンターが来てくれたのが嬉しかった。 捜索願が出されている事は知らないのだろうが来てくれたのだ。 彼女に信用されている…、そう思えて誇らしかったのである。 ドアが閉められてロックされる音が聴こえた。 これで警察が来ても大丈夫。 センターが玄関から上がってきた音が続く。 「センター、何やってんのよー。」 センターが見えているグラビが不思議そうな表情に変わっていく。 CVの背中越しにセンターに話し掛けた。 だが、やはりセンターからは何の返事も返って来なかったのだ。 コンタクトレンズを外しているグラビは視力が弱い。 目を細めてセンターを観察している様であった。 「センター…。」 急激に話し掛ける声が小さくなっていく。 そして、その目だけが大きく見開かれていった。 「…ひっ!」 グラビが急に立ち上がり窓の方に向かっていった。 そして強風と豪雨にも関わらず窓を開けようとしている。 だが手が震えている為なのか窓のロックを外せない。 彼女の行動は冗談には見えず、必死であった。 CVはそんな彼女の行動を呆気に取られて見ていた。 グラビの顔色は真っ青に変わり、鬼気迫っている。 何も言わない彼女に少し呆れて言った。 「何なの~?」 窓のロック解除に成功したグラビはCVの背後を指差した。 明らかにセンターに怯えている様である。 その顔色から只事じゃないのは理解出来た、だけど…。 その時CVは初めてセンターの方を振り返った。 玄関のライトは点けられておらず、やや暗くて見えにくい。 そのセンターは腰をかがめて靴を脱いでいる様に見えたが…。 「センタ~、…えっ?」 その時CVは瞬時にグラビの怯えを理解したのである。 センターは靴を脱いでいる訳ではなかった。 腰をかがめていた訳でもない。 在り得ない地獄絵図がそこには蠢いていた。 切断された上半身が、残りの下半身にしがみついていたのである。 その不自然な位置に在る頭部の表情は真っ白で無表情で揺れていた。 「セ、セ…。」 「マジやばいってー!」 グラビは窓を開けてベランダに飛び出る。 もう声も出せず、CVにも続けと促していた。 CVは未だに自分自身に見えているものが信じられなかったのだ。 彼女は心身共にフリーズしてしまっていた。 かつてセンターだった存在は、廊下をユックリと進んでくる。 玄関から点々と赤く跡を残しながら。 それは他でもなく、少しづつ死が近付いてきているという事だった。 「シー!」 グラビはCVの名を呼び続けながらベランダを越えて隣へと跳んだ。 早く私に続いて逃げて来いという意思表示である。 その瞬間にCVのフリーズが解けた。 「そっちは!」 CVも急いでベランダに飛び出してグラビを探す。 だが彼女の存在は跡形も無く消えていた。 声も全く聞こえなくなっている。 …CVは信じられないといった感じで座り込んだ。 確かに同じ団地なので部屋の造りは同じである。 だがCVの家は角部屋だったのだ。 彼女の部屋の片方に隣は…無かった。 そしてグラビの自宅は3階である。 運が良ければ助かる可能性も在っただろう。 だがCVの家は8階であった。 恐怖に駆られた彼女は、全く躊躇せずに虚空に跳んでいってしまった。 「グラ…、ぐっ…。」 CVは震えながら立ち上がりベランダの端から下を覗く。 そこには先刻までグラビだったものが、真っ赤に染まって転がっていた。 …嘘でしょ? 彼女は全身が細かく痙攣してきたのを感じる。 どたん。 大きな物音に思わず背けていた視線を室内に向ける。 センターの亡骸が廊下とリビングの境目で転んで倒れていた。 そこから上半身だけが離れて、リビングをCVに向かって這って来る。 両手で自分自身を引き摺りながら…。 ずずずっ…、ずずずっ…。 CVは恐怖でおかしくなりそうであった。 ベランダのもう一方の方から隣へ逃げるしか無い。 隣との境目に視線を移した。 だがそこには障害物が在ったのである。 暗くてハッキリとは見て取れないが、洗濯物が干されていた。 彼女は躊躇せず、どかして隣に逃げる事を選んだ。 境界の柵に登って洗濯物を掴もうとした、その時である。 「…呼バレタカラ、…来タンダヨ。」 確かに、それに話し掛けられたのである。 信じられないが、それは洗濯物なんかではなかった。 隣の物干し竿に掴まってぶら下がっていた、ピクの上半身だったのである。 顔色は真っ白で無表情ではあったが、確かに彼であった。 「ピク…。」 CVの理性は今度こそ木っ端微塵に粉砕されてしまった。 彼女は泣きながらピクを見て、センターに視線を戻したのである。 上半身だけのセンターは足許まで這ってきていた。 そして、やはり真っ白の無表情な顔で彼女に話し掛ける。 「…呼バレタカラ、…来タンダヨ。」 CVは、もうこれ以上耐える事が出来なかった。 彼女も友人の後を追って虚空へと跳んでしまったのである。 二人は並んで二つの紅い花を咲かせた。 世の中には死よりも怖いものが在るのだ。 …それも沢山。 二人の亡骸が発見されたら、その不思議さに関係者は驚くだろう。 リビングのゲームを途中で放り出しての無理心中…? …誰にも何も分かる事はないだろう。 彼女達は違うゲームに参加してしまった。 そしてゲームオーバーになってしまっただけである。
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