第一章1 「宿命」

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第一章1 「宿命」

 ――足が凍りつきそうだ。  あれから半日。氷雅は雪に覆われた極寒の森の中を歩き続けていた。  衣服は焼けて、所々肌が露出。さらには焼かれた肌が温度に敏感に反応し、痛みさえ覚える。早く誰かの家を見つけて、すぐにでも温めてもらいたいところだが、半日歩いても家は一つもない。それどころか―― 「今さっき、ここ通らなかったか?」  同じ風景がずっと続くと方向が分からなくなるとよく言うが、今の状況はまさにそれである。半日も同じ風景を見ている。森の中をグルグル回っててもおかしくはないと思い始めていた。 「もう、ダメかもしれない·····。」  半日探して家はゼロ。それどころか、歩いてる人すら見かけていない。さらには極寒の寒さが肌を通して体力を蝕んでいくという不利な条件付き。明らかに希望を持てるような状況ではない。 「いや、考えるな。」  今考えれば、浮かぶのはネガティブな思考ばかりだ。とにかく無心となって家と人を探すんだ。どうせ死ぬなら限界まで頑張れ。  そう自分を鼓舞し、また歩き始めるものの、やはり半日歩いた疲れによってその鼓舞効果も数秒で切れる。  手足の感覚がない。身体中が痛い。そんな極限状態ではどれだけ鼓舞しようと同じだ。 「もう、無理だよ。父ちゃん、母ちゃん·····。」  そう一瞬力を抜いた途端、足から勢いよく体勢が崩れ去り、近くの木に倒れるようにして寄りかかる。  眠い。全ての感覚が消えていく。  もう自分の命はここで尽きるのかもしれない。両親や村の人たちはほぼ皆殺しにされ、二人の兄弟は自分と同じように森へと逃されバラバラに逃亡。行方すらもわからない。もしかするともう死んでいるのかもしれない。 「――なら、僕も·····。」  いや、ダメだ。何を言っているんだ。僕はあいつを討たなければならない。この世の中を変えてみせると誓ったばかりなのに、その矢先これか。  死んではならない。みんなのために生きなければ·····。でも、もうこれ以上は·····。 「――ぁ、」  目の前が真っ暗になる。  死んだ。呼吸が、臓器が、全てが止まった。  終わっ·····た。 「·····大·····か。」  声が聞こえた。徐々に大きくなってくる。  人か?人なのか?それとも、もう天国に来ているのか? 「おい、起きろ!死ぬな!」  氷雅は突然の体の揺れに三途の川を渡りかけていた精神を引き戻され、目には再び光が差し込む。徐々に確かになる意識。目の前にいたのは、待望の人だった。  よかった。助かった。諦めずに歩き続けて助かった。本当に―― 「良かっ·····た。」 「おい、寝るな!おい!!」  氷雅は安堵した表情で、ゆっくりと瞳を閉じた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  打ち付けるような雨の音に気づき、氷雅は目を覚ました。  瞳を開ければまず最初に飛び込んできたのは、木材で作られた格天井。どこの記憶にもない見知らぬ天井だ。左に視線を移せば部屋を仕切る襖が、右に視線を移せば縁側が位置している。 「僕は、助けられたのか·····。」  布団に寝かされたこの状況を瞬時に助けられたと解釈をする。  しかし、ここはどこなのだろう。助けてくれたあの人の家なのだろうか。いや、家にしても部屋の広さが広すぎる。それに、縁側の先には大きな庭までついている。そんな家はそうそうあるはずがない。 「·····ってことは、ここは一体。」  そう考えに耽けていた所、突如襖がゆっくりと開き、頭を丸めたお坊さんが部屋の中に入ってきた。そして、寝ている氷雅の横に正座をし―― 「お怪我は大事至りませんでしたでしょうか。」  そう言いながら氷雅の横に着替えを置く。  氷雅はこの光景で全てを理解をした。森の中で倒れた後、このお坊さんがたまたま通りかかり、そのままこの寺に移動されたのだ。ならば、お礼くらいは言わなければ。 「あの、助けてくれてありがとうござッ·····!?」  布団から上半身を起こし、お辞儀をしようと少し腕に力を入れると、突然の全身激痛が走り氷雅は悶絶する。  その様子に少々笑いを漏らすお坊さん。先に言ってくれよと思いながらも、一生懸命にその思いと痛みを堪える。  そうしてしばらく経った後、氷雅の痛みがやっと引いたのを顔色で察し、お坊さんは口を開く。 「実は、貴方様を助けたのは私ではなのです。」 「え·····。では誰が·····?」 「少々おまちください。」  そう言うと、お坊さんは再び襖を開けて部屋の外へと出る。お坊さんとの会話の成り行きから、救ってくれた人を呼んでくれているのだということを察する。  そしてしばらくした後、再びお坊さんが襖をあけて氷雅の元へとやってきた。  先ほどのお坊さんよりもかなりふくよかな男性。顔も肉付きが良く、いかにも優しそうな印象を持てる。  そして、お坊さんは先ほどのお坊さんと同じように氷雅の横に座って―― 「こんにちは。私は天草明哲(メイテツ)と申します。体調は如何ですかな。」  と、まず自分の名前を名乗った上での体調の気遣い。ぐんと年下にも関わらず、この配慮が効いた気遣い、お見事という言葉しか見当たらない。  そう感服している最中、明哲と名乗る人物は続けて―― 「肌などの火傷や皮が剥けたりなどという損傷があったので、治癒能力の持つものに治療をさせました。その際、勝手にお体をお触りしてしまったこと、誠に申し訳ございません。」 「いえ、謝ることなどありません!明哲さんがあの場を通らなければ、僕は死んでいたので、命があるだけ助かりました!」 「そんなに謝らずとも·····。あなたに会ったのも何かの縁。救うことこそ、私が神に申し付けられた宿命ですので。」  先ほどから変わらない、落ち着きのある口調。その言葉は耳から体の隅々まで行き渡り、心地よささえ生み出す。まるで、癒しの波動が出ているかのように。 「しかしながら·····。」  と、逆説の言葉を放つ明哲。癒しの波動のように優しい口調が続いた明哲だが、突如口調がきつく変わり、ある言葉を口に出す。 「あなたは炎海村出身ではありませんかね?」 「――!?」  自分の村の名前を突然口に出され、氷雅は息が止まるように驚く。すると、明哲は続けて―― 「火のような赤い髪質に氷のような蒼白いブルーアイズ。間違いない。あなたは火野家の血が入っている者ではないですか?」 「な、なんでそれをっ·····。」  その氷雅の驚きように、明哲は不気味な笑みをこぼす。笑いを堪えているのか、それとも笑いを堪えさせる何か別の感情があるのか、氷雅にはこれっぽっちもわからない。先ほどの口調と違くなったせいかもしれないが、ただただ不気味だ。  笑みをこぼし続けていた明哲であったが、自分の顔が笑っていたのをやっとの事で気づき、失礼と一言。そのあと、咳払いを一つして言葉を続けた。 「実は、私は火野様にかなりの恩がございまして、家族と炎海村に住まわれていると聞いていましたので会いにこの寺までやってきた次第にございます。ですので、火野様のご長男に会えたことが嬉しくて嬉しくて·····。アァァァァ!!」  先程の落ち着きは果たしてどこへ行ったのか。もう落ち着きの「お」の文字もない。  火野家の1人に会えたことで発狂するお坊さん。その絵面はもうカオスだ。頭の処理に少々時間がかかる。  しばらく発狂を続けていた明哲であったが、しばらくして落ち着きを取り戻し、失礼、とまた一言。そして話を続ける―― 「しかし、なぜ貴方様があんなに酷い姿で冬の雪山を歩いていたのですか?まさか、親に追い出されたのですか?まぁ無理もありませんね。あのお方は根は優しいのですが、怒る時は怒りますし、感情のはっきりしている方ですので、家に追い出されると言っても·····。」 「あのー!すみませんー!聞こえてますかー?」 「·····はっ!し、失礼。ついつい早口のくせが出てしまいました。」  早口というのもそうだったが、妄想癖があるのも少しは自覚して欲しいと氷雅は心の中で思う。  しかし、これほどまでに尊敬される父親。父親の武勇伝はあまり聞いたこともないし、話してくれた記憶もないが、そんなのすごい人物だったのだろうか。 「貴方のお父様は私を救ってくれました。家も焼き払われ、家族を失い、餓死寸前だった私を引き取り、しばらく育ててもらったのです。これ以上の恩はありません。」 「そんな話、初めて聞きました·····。僕の父ちゃんはすごい人だったんですね。」 「はい!それはもう·····。と、話がつい逸れてしまいましたね。」  話が脱線していたことに気づき、明哲は咳払いを一つ。そして、触れて欲しくはない本題に入り始める。 「なぜ、あなたはあの雪山の中歩いていたのですか?お話ください。あなたの村で一体何が·····。」  ――それは思い出したくもない、つい先日の話であった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 「なる·····ほど·····。」  氷雅は包み隠さず全てを自白した。村が敵襲にあったこと、両親は死んだこと、他二人の兄弟とはバラバラになってしまったことを。  途中で話しながら泣きそうになってしまったこともあったが、明哲さんが所々慰めてくれたおかげで、泣くことも無く話すことが出来た。  そして全てを聞いた時、明哲は言った―― 「これも神から与えられた運命、なのかも知れませんねぇ」 「運命·····。」 「そうです。運命。私が貴方様のお父様に救われ、育てられたように、私もあなたを救う運命にあるのかもしれません。」  そう言うと明哲は突然その場から立ち上がり、床の間の前へ。そして、掛け軸をペラっとひっくり返す。するとそこには―― 「つ、剣!?」 「そうです。これは私が剣術を使えるようになったお祝いで火野様から頂いた剣です。」  剣を手にした明哲はそのまま氷雅の横まで移動をし、再びその場に座る。  近くで見ると、その剣は輝くような黄緑の鞘に納められている。透明感のある黄緑。美しい色だ。 「――しかしながら、この剣は私が僧侶の道へ進んでしまったためにほどんど使っていません。」  明哲は何かを懐かしむかのような優しい目で剣を下から上へと見渡す。そして、剣を見たまま言葉を紡ぎ―― 「これを渡すということも運命付けられたものなのかもしれない。」 「え·····。いいんですか、こんなにいい剣を貰っちゃっても·····。」 「えぇ、そうですね。元はと言えば貴方様のお父様のものです。今の私には持つ権利などない。」  怪我をしていなければ飛び跳ねて喜んでいるところだが、今それをすれば傷が広がりかねないので、拳を握って「やった」と小さく喜びを表す。  しかし、その姿を見た明哲は今までにないきつい口調で―― 「そんな簡単にあげるわけなかろう!これを扱えるようになるには私よりも強くなれ!いいな!」 「え、そんなの無茶ですよ!僕はまだ剣術に関しては全然出来ないですし、それに·····」  それに、という言葉でそれ以上の言葉を続けるのを止める。なぜなら、自分は属性がない無属性なのだということを言ってしまえば、全てが終わる気がしたからだ。無属性など属性持ちにはかなわない。そう言われて終わりだ。 「大丈夫だ。あなたなら出来る。なぜなら、剣術のひとつもしらなかった私ができるようになったのですから。そして·····」  明哲は少し間をあけて―― 「あなたは、家族を殺した人達に復讐したいのでしょう?僧侶が復讐とか言うと違和感がありますが·····。」  復讐·····。  そうだ。そうだった。  僕はこれから強くなって、あの人たちよりも強くなって、家族や村の人達の無念を晴らしてやるんだ。復讐してやるんだ。だから·····。 「――はい!やります!いや、やらせてください!」 「よし、ではこれからは私が剣術を教えよう!ビシバシ鍛えてあげましょう!もちろん、怪我が治ったら、ですけどね。」  こうして氷雅の弟子入りが決まり、剣士への第一歩を踏み出したのであった。
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