揺れる

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 今でもずっと、心の中に雄星がいる。  どんなに振り払おうとしても、他の男の人と歩いていても、ビッシリと予定を入れて充実した毎日を過ごしていても、彼が心の奥底に巣食ったまま消えてくれない。連絡先も思い出も写真も全て削除したはずなのに、今もしっかりと美空の心には雄星が居る。  1年前のあの日、あの雨の日を最後に、雄星とは会っていない。学生時代からの付き合いだった。大学のゼミで研究室で徹夜して免疫学の勉強をした時も、疲労から高熱をだして救急車で運ばれた時も、何でもない普通の日も、隣にはいつも雄星が居た。いつも当たり前のように一緒にいたから、別れた3か月は、まるで自分の身体を引き裂くような強烈な痛みを伴った。  雄星は決して、目立つタイプではない。それなのに、実直で堅実な彼の周りには、いつも人が集まっていた。もう二度と触れることのできない、彼の匂い、喉ぼとけ、長い指先。今でも雄星を思い出しては、胸が張り裂けそうになる。  「お待たせ。次は、あの灯台の麓で写真を撮ろうか。」  佳之の声で、我に返る。無理やりに笑顔を作って、彼の腕に腕を絡ませる。  「うん。帰りに、あそこのソフトクリーム食べていい?」 甘えたように、佳之の広いおでこを見上げる。  29歳。私には、時間がない。今、こんなところで雄星の事を想っている場合ではないのだ。  30までに結婚をして、子供は男の子と女の子、二人は欲しい。いくら医療が進展したとはいえ、出産には期限がある。高齢出産になるほど、子育てをするための体力が無くなっていくし、親の助けを借りようにも今度は介護問題が関わってくる。母も、「2番目に好きな人と結婚しなさい。」と言っていたっけ。入退院を繰り返している祖父の為にも早く孫の顔を見せてあげたいとも思う。  雄星に比べて、佳之は自分の気持ちをきちんと口に出してくれる。愛情表現も、感謝の言葉も、彼とならきちんと話し合いができる。だから、SNS人間など大した問題ではない。  私はこの人と結婚するべきなんだ。  そう、自分に言い聞かせる。 潮風が、美空の前髪を撫でる。 空高く、カモメが飛んでいた。
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