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「どうしてここに?」
雄星だった。夢にまで見た彼の姿が今目の前にある。
雄星は、美空と佳之の間に立つと、息を整えながら美空を睨みつけた後、佳之に言った。
「すみません。こいつ、ちょっとお借りします。」
左手を掴まれ、強引に堤防の近くに連れていかれる。
「痛い雄星、何?離して。何しに来たの?」
店から離れ、佳之から見えない場所まで行くと、くるりと振り返った。
「お前、あいつの事分かってるのか?なんでもかんでもSNSにアップして投稿するって、地元で有名な奴だよ。今朝も裕二からこれ、美空じゃないか?って連絡が来たんだ。携帯に電話しても出ないし。見てみろよ、これ。」
雄星が自分のスマホの画面を見せる。そこには、出発前、佳之のBMWの前で並んで微笑んでいる美空と佳之の姿がインスタに投稿されていた。
「そんな事、雄星には関係ないでしょ。何なの今更。こんなところまで追いかけてきて、何の用?」
「7年間も付き合った相手が、そんな危ない奴と一緒に居て気にならない訳がないだろう。」
「何それ。同情?それとも嫉妬?佳之さんは、そんなに悪い人じゃない。私の事をいつも気遣ってくれるし、行動力も経済力あるし、手料理だって作ってくれる。やっぱり雄星の嫉妬じゃない。」
「あんな奴と一緒にいたら、美空は晒しものだ。プライベートもすっぴんも全部SNSにアップするぜ。それでもいいのか?」
「別に構わないわ。寂しくないもの。雄星の帰りを待って、ダイニングテーブルで寝ちゃうこともないし、メールだって彼はマメに返信してくれるから心配しなくて済む。1人で黙って考え込んで、何考えているのか分からないこともないし。私、疲れちゃったのよ、雄星を待っていることに。7年間よ?いつか、プロポーズしてくれると思ってた。でも、雄星はいつも仕事と友達付き合いだのって、私の事は後回しで・・・」
悔しくて、もどかしくて言葉が続かない。言葉の代わりに涙だけがポロポロとこぼれ落ちる。
「ごめん・・・。」
雄星に抱きしめられた。嗅ぎ慣れた雄星の匂い。広い背中。肩肘張ってきた緊張感がフッと抜ける。
それでも涙を流したまま、美空は静かに考える。
雄星はきっと変わらない。連絡不精なのも、研究の事になると、周りが見えなくなるのも。友達想いなのも、きっと今まで通りだ。だけど、抱きしめられたまま腕をふりほどけない自分がいる。
安定した生活。一緒に台所に立つ何気ない幸せ。30歳目前のプロポーズ。それらを私は、このまま簡単に手放せるのだろうか・・・。
いつの間にか、海の上には美しい夕暮れが拡がってた。
****おしまい****
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