日々の受難

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気づいたら、自分の手が勝手に先輩の頭をなでなでしていた。いつの間に。 「おれ…ぃぬ…ち、がう…!」 少し拗ねたような表情で俺の手に頭を擦りつけてきた先輩。……これが巷で噂のアニマルセラピーか。 いいえ、あなたは犬です。是非俺を癒してください。 現在進行形で癒されながら、近頃は自分でも気づかないうちにストレスが溜まっていたことを自覚した。 半ば遠い目をしながら無言で柊先輩の頭をなでていると、突如目の前に自分より少し上にある整った顔が映りこんだ。 「翔くんかぁ…俺、君のこと気に入ったよー!」 突然現れた乱入者は、俺の手を柊先輩頭から奪い取り、自分の指と俺の指を絡めてきた。これは所謂恋人繋ぎ……何でだ!せっかくの俺の癒しを! 「ん?なになにー、俺の事好きって?知ってるー俺もだよ!」 当の本人は俺の非難を込めた視線もなんのその、緩い口調で微笑んでいる。 いや誰もそんなこと言ってねーよというツッコミはぎりぎりで抑えたけど、きっとこれがこの人のデフォルトなんだろう。ここで俺がそれを口に出してしまったら、チャラ男がただの空気読めないヤツになってしまう。 何も言わない代わりにその表情を観察してみたんだけれど。 その時に感じたことといえば、傍目には完璧に見えるその笑顔が、何だか不自然だということだけだった。 「翔を離してください、櫻葉先輩。風紀の権限で今すぐ連行されたいなら別ですけど」 なかなか手を離してくれない目の前の相手にどうしようかと考えていたところ、北斗がやや実力行使で会計の手を振りほどいてくれた。 「ありがと、北斗」 やっとあの微妙な空間から解放された。 しかしそれに少し気まずそうに頷いた北斗が気がかりで口を開きかけたけれど、逸らされた視線に何となく口を閉じた。 「翔、もうあまり時間がないよ。戻ろう」 その言葉にはっとして食堂の壁にかけられている豪華な時計に目をやった。 まずい、時間をかけすぎてしまった。この後風紀委員の顔合わせがあるから早く行かなきゃ行けなかったんだけど。 「そうだな。じゃあ先輩方、俺はもう行くので」 踵を返し豪華な扉へ向かっている途中、それぞれ聞こえる声に振り向いた。 「翔、また会いましょう」 「いつでもいいから、俺に会いに来いよ」 「まっ、…る!」 「いつでも来てねー」 「「ばいばーい!!」」 この人達の第一印象や面倒くささは変わらないけど、思っていたよりもいい人達なのかもしれない。まだ会ったばかりで分からないことも多いけど、これから知っていけばいい。 「ふふっ……それじゃあ、また」 何かを忘れている気もしたけど、今は気分がいいので北斗と二人で風紀室に向かって歩きだした。
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