それから

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それから

「昨日の夜にね、若い男の人が落ちたの」 欄干に身体を預け、彼女はつぶやいた。 「夜?」 「そう。あ、昨日というより、今日ね」 「ふうん。若いってどれくらい?」 「あなたと同じくらいかな。部屋着みたいな適当な格好で、髪もそのままで」 「何か持ってた? 白い箱みたいなやつ」 「持ってたわ。わたしに見せつけるようにして、笑ってたもの。覚えてる」 「あ、じゃあ、それ俺ですね」 「あなたでしたか」 苦さのある、ぎこちない笑顔だった。まだ状況を呑み込めていない。そんな顔の彼女に、腕をのばした。 彼女の小さな背中に、腕がまわる。すきまなく、ぴったり。自分にもっと寄り添ってほしくて、背中にくっつけた手のひらで、彼女の身体を押し上げた。 「あったかい、気がする」 「川で濡れたものね。そのへんはあいまいね」 「触れた」 「……そうね」 静かに、彼女の手が、俺の脇腹のあたりに添えられた。 「あなたと同じ年齢になって、背も越しました。稼いだお金で指輪もそろえました」 「いいの?」 「よくなきゃ、こんだけお姉さんのところに通いませんよ。ちょうど八年ですよ、八年」 「八年か……わたし、歳取ってないしなあ」 「長かったです」 身体が軋むほど、彼女を掻き抱く。やがて彼女はそろそろと腕をまわして、俺の胸に頭を預けた。 彼女の肩口に顔を埋めながら、うっとり目を閉じる。 「ずっと一緒ですよ」
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