彼女と俺の昔話

1/2
前へ
/5ページ
次へ

彼女と俺の昔話

夜を照らす灯りもない道は暗く、どこから畑なのか、どこから斜面になっているのかも分からなかった。 はじめの頃は踏みはずして、乾いた畑の土に足が埋まったり、石か動物かにつまずいてしまったりもしたけれど、何度も同じ道を、同じ時間に通るようになると、記憶した脚がひとりでに動くようになった。 住宅を抜け、畑を通り、少しずつ坂を登ってゆく。さらさらと流れる長い川が横に続きはじめて、山に向かうひと気のない車道と、消えかけた路側帯、削れた縁石、わずかな歩道が、色あせたガードレールの内側にのびる。 駆け足になってしまいそうな足取りをなんとか押さえつけながら、余裕そうに一歩、一歩と脚を運ぶ。 山に登る手前まで、歩いた。自分の住む町は、街灯がほとんどない。月がなければどこまでも暗く、闇に沈んでいて、朝がくるまで発見できないだろう。 そんな町を見渡せる橋の上。彼女がいた。 山を越える車のせいか、道には土や砂にまみれていた。ざ、と足の裏で音が鳴る。それに気がついて、彼女は顔をこちらへ向けた。 錆びた欄干に腕を載せ、真上から月光を浴びた彼女。青白く照らされた顔の中で、頬だけが血色よく色づいていた。 「またきた」 彼女は小さく微笑み、俺へ手を振る。 「こ、んばんは」 「こんばんは。お家は平気なの? こんな時間に」 「大丈夫です」 「大人としては送り返したいところだけれど、まあ、わたしじゃあ説得力もないものね」 少し冷たい風が吹いて、彼女のワンピースの裾を揺らした。白地に、さわやかな水色のストライプ。ちらちらとのぞく白いはずの膝は紫に染まっていて、七分袖からのびる腕は色とりどり、鮮やかなキャンパスのようになっていた。赤、紫、青、黄色……。 「……痛くないんですか?」 彼女は腕をさすりながら、考えるように上を向いた。 「もう痛くないわ。これ、今日のじゃないから。アザってこんなに色が変わるのね」 「誇らしげにしないでください……」 ころころと弾んだ笑い声をあげる彼女は、俺から目をはずすと、欄干に寄り掛かった。スーパーの特売で見たサンダルを履いた足のつま先が、欄干の付け根にこすりつけられていた。 汚れたサンダルの裏側を見ながら、彼女へ寄り添うように、隣へ並ぶ。 「きみの家は放任主義なの?」 「まあ、そんなところです」 「訳ありか」 「父のお兄さん家族で、上にそこそこ派手な息子がいるんです。だから僕くらいの行動は平気なんです」 「にしても遅い時間だけれどね。あ、今何時かしら」 「家を出た時は三時でしたよ」 「夜中のね」 悪い子だなあ。にやりと意地悪そうに口角を持ち上げて、彼女はつぶやいた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加