3人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女と俺の昔話
夜を照らす灯りもない道は暗く、どこから畑なのか、どこから斜面になっているのかも分からなかった。
はじめの頃は踏みはずして、乾いた畑の土に足が埋まったり、石か動物かにつまずいてしまったりもしたけれど、何度も同じ道を、同じ時間に通るようになると、記憶した脚がひとりでに動くようになった。
住宅を抜け、畑を通り、少しずつ坂を登ってゆく。さらさらと流れる長い川が横に続きはじめて、山に向かうひと気のない車道と、消えかけた路側帯、削れた縁石、わずかな歩道が、色あせたガードレールの内側にのびる。
駆け足になってしまいそうな足取りをなんとか押さえつけながら、余裕そうに一歩、一歩と脚を運ぶ。
山に登る手前まで、歩いた。自分の住む町は、街灯がほとんどない。月がなければどこまでも暗く、闇に沈んでいて、朝がくるまで発見できないだろう。
そんな町を見渡せる橋の上。彼女がいた。
山を越える車のせいか、道には土や砂にまみれていた。ざ、と足の裏で音が鳴る。それに気がついて、彼女は顔をこちらへ向けた。
錆びた欄干に腕を載せ、真上から月光を浴びた彼女。青白く照らされた顔の中で、頬だけが血色よく色づいていた。
「またきた」
彼女は小さく微笑み、俺へ手を振る。
「こ、んばんは」
「こんばんは。お家は平気なの? こんな時間に」
「大丈夫です」
「大人としては送り返したいところだけれど、まあ、わたしじゃあ説得力もないものね」
少し冷たい風が吹いて、彼女のワンピースの裾を揺らした。白地に、さわやかな水色のストライプ。ちらちらとのぞく白いはずの膝は紫に染まっていて、七分袖からのびる腕は色とりどり、鮮やかなキャンパスのようになっていた。赤、紫、青、黄色……。
「……痛くないんですか?」
彼女は腕をさすりながら、考えるように上を向いた。
「もう痛くないわ。これ、今日のじゃないから。アザってこんなに色が変わるのね」
「誇らしげにしないでください……」
ころころと弾んだ笑い声をあげる彼女は、俺から目をはずすと、欄干に寄り掛かった。スーパーの特売で見たサンダルを履いた足のつま先が、欄干の付け根にこすりつけられていた。
汚れたサンダルの裏側を見ながら、彼女へ寄り添うように、隣へ並ぶ。
「きみの家は放任主義なの?」
「まあ、そんなところです」
「訳ありか」
「父のお兄さん家族で、上にそこそこ派手な息子がいるんです。だから僕くらいの行動は平気なんです」
「にしても遅い時間だけれどね。あ、今何時かしら」
「家を出た時は三時でしたよ」
「夜中のね」
悪い子だなあ。にやりと意地悪そうに口角を持ち上げて、彼女はつぶやいた。
最初のコメントを投稿しよう!