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高所から転落するような、そんな浮遊感で意識が現実へと引き戻された。ぱちりと目を開けば、白く長い指が伸びてくるところだった。ちょうど絢芽が起こしてくれようとしていたようで、結月が目を開けたことに目を丸くしていた。
「だ、大丈夫かい亜月クン? ひどく魘されていたようだったから起こそうと思って……」
心配そうな顔つきで、絢芽が顔を覗き込んでくる。どこか不安げな紫色の眼差しに、結月は自分が今どれほど酷い顔をしているのかが何となく察しがついた。
名前を訂正する気力も起きなかった。ようやくあの悪夢から目を覚ますことができた。少しの間眠っていただけなのに、長い時間眠りについていたような感覚であった。乗り物酔いとはまた別の意味で気分が悪くなってくる。バス内は空調が利いているというのに、結月の額や首筋には汗が伝っていた。
「もう着くけど……、大丈夫?」
「……大丈夫。起こしてくれてありがと」
手の甲で汗を拭いながら小さな声で答えれば、絢芽は「どういたしまして!」とにこやかに歯を見せた。
それと同時に、運転手のアナウンスが流れる。まもなく永明町に到着するらしい。一番ワクワクした様子の絢芽が降りる支度をする中、結月はこちらを訝しげに見つめる佳楓と目が合った。
「……」
「どうしたの、佳楓くん?」
「……いや、何でもねぇよ」
怪訝そうな顔をしたまま、佳楓はぼそりと答えて結月から視線を逸らした。
何か隠し事でもしているのだろうか。それとも、声をかけるのを悩むくらいに酷い顔をしていたのか。
佳楓の様子が気がかりでありながらも、結月は永明町に降り立った。
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