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「人には優しくしなきゃダメよ」
おっとりとした優しげな顔立ちの女が二人の子供に向けてそう言った。女の前にいる子供は、年は多少離れているが、容姿がよく似ている兄弟であった。
兄弟は、二人揃って女を見上げる。
まだ幼い兄弟には、その女――母の言葉の深い意味を理解することはできなかった。
「その人が悪い人だとしても?」
兄が尋ねた。すると、母はにこりと微笑を湛えて頷いた。
「この世に優しくしちゃいけない人なんていないわ。だから、相手が自分を傷つけてきても、怒りや憎しみといった感情に飲まれて行動するのはよくないの。……でも、悪いことをしていたらちゃんと叱らなきゃダメよ。優しくすることと悪いことを見逃すことは違うもの」
母は目を伏せ、穏やかな顔で続ける。
「人に優しくできる心を持っていれば、いつかきっと皆が幸せになれるわ」
「うーん……難しいね」
今度は弟の方が顰め面をした。母はそんな弟の頭を撫でて笑う。
「今はまだ分からなくていいわ。きっとそのうち分かる。そうね……じゃあ、これだけは覚えておいてほしいの」
母は大きな瞳でこちらを見つめてくる兄弟に、色を正して口を開いた。
「強い心を持ちなさい」
「強い心……?」
「いつでも、誰かを強く思う心を忘れないで。そうすれば、この先何があっても乗り越えていけるわ」
兄弟は見つめ合い、不思議そうな顔をする。その後、二人で母を見つめれば、愛おしそうに微笑まれた。
「大切なのは、誰かを想う強い心。誰かを大切に想える人になってね、結月、星來」
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