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満月の夜
夜、ランニングを終えて帰りにコンビニエンスストアへ、飲み物を買いに行く。
俺は、毎晩10キロの距離を走る事を日課としている。黒のジャージの上下、首からスポーツタオル。そろそろ季節は秋のさしかかろうという時期ではあるが、吹き出す汗が止まらない。
「ねえ、ねえ、こんな時間に一人で何しているの?オレッチ達と一緒に遊ばない?」コンビニの駐車場で、敬白そうな男の声がする。その場所に目をやると見覚えのある女の子がいた。
『小比類巻 保奈美』学校で評判の美少女だ。
正直、俺は彼女のその性格、雰囲気があまり好きではない。いつも人を見下したような、高飛車な雰囲気を纏い、学業の成績は優秀で、学年で1位・2位を争っている。
こんな時間に、こんな場所を女の子が一人でいたら、素行の悪い男に声をかけれても、仕方ないような気がする。
遠目で、小比類巻の様子を見る。なんだか声を出せずに怯えている様子であった。俺に気づいたのか、助けを求めるような目で俺の顔を見る。
「はあ......」俺は基本的にトラブルは嫌いなのだが、女の子が困っているのを見過ごすほど薄情ではないつもりだ。
ツカツカと男たちに囲まれている小比類巻の近く行くと、彼女の手を掴み「行くぞ」と言って引き寄せた。小比類巻は、為されるがままであった。
「お前、何なんだ?」男が俺の襟元を掴む。
「離せよ。痛い目にあいたいか?」俺は、下から睨みつけるように男の顔を見た。
「あ、あ、いや......」男は、慌てて手を放す。
不良達が虚を突かれて唖然としているうちに、小比類巻の手を握ったまま、その場所を離れた。
「有難う」コンビニから、結構離れてから小比類巻は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いや。ああ、怖かった」俺は、胸を撫でおろす。
「え? 怖かったの?」小比類巻は不思議そうな顔で俺を見た。
「だって、喧嘩は怖いよ」俺は空の満月を見ながら呟いた。
「だって、さっきの仮屋崎君、君の顔すごく怖かったよ!」
「あんなの、演技、演技!」
「えー、嘘!うふふふふ、おかしい」小比類巻は、口元に手を当てて笑った。
「あははは、そうかな。弱者の身を守る術だよ」彼女の笑顔は可愛らしくて、俺もつられて笑ってしまう。
「あっ.......」小比類巻は、手元を見て何かに気づいたように、顔を赤らめた。
「あっ、ごめん!」先ほど、握りしめた彼女の手を掴んだままであった。俺は慌てて、その手を離した。俺達は照れ隠しするように、お互いに背を向けた。
俺の体からは、運動したのとは別にたくさんの汗が噴き出していた。
「ううん、本当に助けてくれて有難う」彼女は背中越しにもう一度、お礼を言った。
「いいけど、こんな時間に何してたんだ。女の子一人で危ないぜ」先ほどまで握りしめていた、彼女の手の感触はまだ残っていた。柔らかい優しい感覚であった。
今まで、俺が小比類巻に抱いていたイメージは、すべて誤りだったのかと思った。
「少し、夜の風に当たりたかったんだ。夜だけが、本当の私に戻れる時間だから.......」彼女は、少し寂しそうな眼をした。
夜だけ、本当の自分.......、少し淫靡な言葉の響きだったが、そこには敢えて触れないことにした。
「また、危ない目にあったら、怖いだろうから、家まで送って行こうか?」
「えっ?」彼女は腕組をすると、不審者を見るような目で俺を見る。
「い、いや、そういう意味じゃ......」
「うふふふ、冗談、冗談よ。有難うね、でも大丈夫。一人で帰れるから」
「そうか......、気をつけて帰れよ」
「うん、今日は本当に有難う、仮屋崎君って、ずっと怖い人かと思ってたけど、見直したわ」言い、大きく手を振って満面の笑顔を見せ走りながら帰っていった。
いや、俺こそ、ずっと小比類巻を、嫌な奴だと思い込んでいたが、やはり話をしないと人間って理解出来ないものなのだなと改めて感じた。
ああ、そういえば水分を補給しないままであったので、近くの自動販売機で冷たいオレンジジュースを一本購入し、乾いた喉に一気に流し込む。
「ああ、冷てえ!」こんなに美味しいオレンジジュースは初めてのような気がした。
そして、満月をもう一度見上げる。
なんだか、今日はすごく良いことがあったように、口笛を吹きながら、俺も家路についた。
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