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好奇心
コウノトリという鳥はどこからともなく子供を運んでくるという。まじか。
じゃあ、僕もそうやってこの世に来たのだろうか。
でも、空に赤ん坊を咥えた鳥が飛んでいるのを見たことが一度もないし、そもそも赤ん坊を咥えて飛べる鳥ってどれだけ大きいんだよ。プテラノドンかよ。
そんな七千年前に絶滅した生物の可能性なんかよりも、もっと現実的な事実が知りたい。
人間という種はどうやって子孫を残すのか。まだ理科でも社会でも習っていない。教科書の隅々を見渡しても、それらしいページは見つからない。
これが学校教育の限界というわけか、それともそもそも教えるつもりがないのか。もっと大人になってから学ぶべきモノなのであれば、とりあえずの義務教育修了までのあと二年の間に自力で調べてやる。僕はそれほど気が長くない。
思い立ったが吉日、早速近場の図書館に向かった。
しかしだ。僕が調べようとしている事柄はどんなジャンルに分類されるのだろう。やはり理科系だとするとサイエンスか。それとも社会系であるならば歴史とか?
こういうときは司書さんに聞いてみるのが一番だ。
「あの、すみません。人が生まれることについて書かれてる本ってどの辺にありますか?」
「人が生まれる? 神話とかの話かい?」
髪も口髭も真っ白な司書さんは髭をなでながら僕の顔を覗き込む。げっそりと痩せていて、まるでガイコツのようだ。
「そうじゃなくて、どうやったら子どもができるのかっていうような……」
「ああ……うーんとね……この奥の一番奥の棚に、生物学の棚があるから、そこにあるんじゃないかな。でも君、見たところまだ中学生くらいだろう? 読んでも難しいと思うが……」
「大丈夫です。ありがとうございます」
大きなお世話だ。僕はもうある程度難しい言葉が出てきたって読むことが出来る。そう、このスマホがあればね。
僕は案内された棚に一直線に向かって、ジャンルを確認した。
「生物学……ここで間違いなさそうだ」
生物学というとやはり理科の分野に当てはまるのだろう。確かに人間も大きなくくりにすれば生物であるのだからして間違いはない。
僕の探している本にはどのようなタイトルがついているのだろうか。背表紙に記された題名を端から一つ一つ目を通していった。
棚の中程まで進んだ時、僕はそれを見て直感した。これが僕の求めていた本だと。
「生物の種の存続」
人間という種を存続するには子を生まねばならない。ならば必ずそれについて書かれているに違いない。僕は心臓の音を高鳴らせ、その本に手を伸ばした。
「あっ……」
するとタイミングよく、他の人がその本に手を伸ばし、僕の手と触れた。
キャスケット帽を目深に被った小柄な彼は、僕の手に触れた瞬間にさっと手を引いた。あまり人の手を触ったことはないが、とても温かかったような気がした。
「ごめんなさい」
彼の声はか細く、自分より幼いのだろう。体格から見ても僕より年下なのは間違いなさそうだ。
「いえいえ、この本に興味があるんですか?」
たまたま目に留まっただけかも知れないが、彼がもしかしたら自分と同じ疑問にぶち当たって、同じような本を探していたのかも知れない。
そうだとしたら、一緒にこの謎を解明できると僕は思ったのだ。
「ああ、いえ、お先にどうぞ……私は違う本を読むので……」
私……ずいぶん丁寧な一人称を使う。大人が仕事で使うくらいしか、そんな一人称は出てこないと思っていた。
「もしよかったら一緒に読みませんか? 僕はこの本で人の生まれ方について知りたかったんです。同じ事を調べてたなら、ちょっと意見も聞きたいんですけど……ダメですか?」
僕にしては思いきった事をする。普通なら他人に声をかけようだなんて一ミリも思わないだろうに、この人はなんだか話したいという気分になる。それはやはり年下だからだろうか。
「私も生命の誕生に興味があって……では一緒に見てもいいですか?」
「もちろん! 僕は葛城純一、中学二年生です。君は?」
僕は自己紹介をして、彼に握手を求めた。
「私は天池美結です。中学三年生……です」
「えっ」
意外にも僕より年上だった彼は、帽子をとり、手をしっかりと握った。
やはり手は温かい。それだけでなく柔らかい。今まで握ってきた手の誰よりも。そして彼はロン毛だった。回りの学校のほとんどが校則で、髪は短く切り揃えましょうと言われているはずなのに、黒くてさらさらの髪は肩まで伸びていた。
驚く僕に、不思議そうな目を彼は向けてきた。その瞳はキラキラと宝石のように光を反射し、それを強調するように、長いまつげがくるんと上を向いている。
これほど美しい人間を、僕は見たことがなかった。
2519年、この世界は男しかいない-―はずだった。
葛城純一が本の森で出会ったのは、いないはずの女の子、天池美結であった。
彼女はどこからきて、どうやって生きてきたのか。そして人類はどうやって子孫を残して来たのか……この出会いが答えを導くのかも知れない。
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