あの日の笑顔

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 電車を降りて徒歩五分くらいの場所に目的地はある。行く先が同じと思われる人たちがにこやかに笑いながら歩いているのを見て、なんとなく心が浮き立つ。たどり着いたのは高級ホテルを思わせる広いエントランスが出迎える専門式場。  今日は片平あずみこと、三島あずみの結婚式だ。クロークにコートを預けて控え室に向かう。時沢家、三島家と書かれているのを確かめて中に入ると、広い室内にはもうだいぶ人が集まっていた。テーブルと椅子が置かれたそこで談笑している人が多い。  時刻を確認すると予定時刻の四十分ほど前。まだしばらく時間があるので端っこの空いた席で待つことにした。 「結構年齢層が幅広いな。大学時代や会社関係の人かな」 「そうですね。あいつはかなり交流も広いし、相手の人も負けず劣らず社交的みたいですよ」 「もう旦那さんには会ったのか?」 「いえ、まだです。だいぶ忙しい人のようで顔を見るのは今日が初めてですね」 「ふぅん、そうなんだ」  片平のお相手は写真関係の出版社で編集長をしている。歳は二十ほど離れていて年の差婚だ。優哉と歳が離れていることを気にしていた僕だけれど、それを聞いた時はなんとなくほっとするような気持ちになった。  それに気づいた片平は、人を好きになることに年の差なんて関係ないと晴れやかに笑っていた。しかし母親が年若いので彼とは姉弟みたいに和気あいあいとしていてちょっと妬ましい、とぼやいてはいたが。 「あれ? 西岡先生?」 「ん?」 「先生も来てたんだね!」 「あ、ああ!」  ふいに声をかけられて振り返ると華やかな女性が二人後ろに立っていた。頭の中で記憶を引っ張り出すのに少しばかり時間がかかってしまったが、彼女たちは片平の高校時代の親友だ。  いつも一緒にいて当時から明るくて賑やかな印象があった。卒業以降は会っていなかったけれどあの頃に比べたら随分と大人びている。 「久しぶりだな。見ないあいだに二人ともすごく綺麗になった」 「えー、嬉しい!」 「先生ってお世辞を言わない人だから余計に嬉しい」  顔を見合わせて笑う二人は少し照れたようにはにかんだ。けれどふと視線が流れて向かい側にいる優哉を目にすると、瞳を丸くして驚きをあらわにする。指を差し向けられた彼は少し困ったように笑った。 「えー! 藤堂くんも来てたの? やだちょっと、相変わらずのイケメン」 「あれ? 卒業したあとに海外に移住したんじゃなかった?」 「ああ、少し前に帰国した」 「こっちに帰ってきた感じ? えー、そっかぁ。実を言うとさ、私はあずみが結婚するなら藤堂くんなのかなって思ってた」 「だよねぇ、わかるわかる」 「それは、ちょっと遠慮したい」  久しぶりの再会に気分が盛り上がってきた二人はぽろりと予想外のことを言う。けれど高校三年の一年も満たないほどの期間しか彼らのことを見ていないが、片平、三島、優哉は確かによく一緒にいた。  傍にいる友人たちでさえそんなことを思うのだ、周りから見たらもっとそう見ていたのかもしれないといまになって気づく。三島はもう姉弟のような関係だったから除外されるのは明らかだし、片平と優哉の関係は付かず離れずのいい関係に見えたのだろう。  まさに美男美女ってやつだしな。 「あー、もう、あずみがこんなに早く結婚しちゃうなんて」 「先越されたぁ」 「そんなに急くことでもないだろう」 「私も自信満々に紹介できる人を見つけるから、結婚する時は西岡先生も来てくれる?」 「あ、私も私も、来て欲しい!」 「もちろん、呼んでくれるなら行くよ」  夢見がちに瞳をキラキラとさせる彼女たちが微笑ましく見える。やはり女の子は結婚式というものに憧れがあるものなのだろうか。綺麗なドレスが着たい、それもまた願望なのだろう。  それからしばらく近況や懐かしい話をして、化粧直しに行くという二人の背中を見送った。終始言葉数の少なかった優哉に視線を向けると、また困ったように笑う。彼女は? 結婚は? なんて聞かれて曖昧に話を流していたが、こういう質問ってほんとに困るんだよな。
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