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左手に指輪をしているからそれとなく察してくれる人は多いのだが、ご結婚は? お子さんは? と聞かれると少し返答に困ったりもする。とは言え最近はだいぶ慣れて、恋人はいるけれど結婚の予定はないと正直に言うようになった。
訝しげな顔をする人がほとんどだけれど、嘘はつきたくないし、誤魔化してもなにかあればまた問いかけられる。こういうことは明確にしておくのが一番だ。
「……あ」
「ん? どうした?」
小さな声を上げた優哉に気づいて問いかけたが、返事が来る前にちょっと室内の空気がざわついた。それに気づいて入り口へ視線を向けたら、よく見慣れた、しかしとても目立つ男が目に留まる。
僕に気づいた彼はニヤリと笑みを浮かべてゆっくりと近づいてきた。そしてそれと共にもう一人、前を歩く男と同様にこの場の視線を集める人もやってくる。
「よお、センセ」
「佐樹ちゃん、久しぶり」
「なんだか目が眩みそうだ」
傍にやって来たのは毎日学校でも顔を合わせている峰岸と、最近少しご無沙汰だった友人の渉さん。もう見慣れているはずの二人だけれど、いつもよりよそ行きなせいか後光が射していそうに見える。
恋人と同じく、みんなと変わらないブラックスーツを着ているはずなのに華やかさが半端ではない。峰岸などはフォーマルな感じが余計に板についていて、スタイルと姿勢の良さも相まって男前さと迫力がある。
そんな男よりも若干細身ではあるが、渉さんは元の顔面偏差値と容姿のおかげで煌めき感がすごい。首元で結わえた金茶色の髪と綺麗なエメラルドの瞳、控え室の内装と合わせると洋画のワンシーンを見ているようにも思えた。
「優哉、お前も来てたんだな。夜は店だろ?」
「挙式だけ参加してあとは帰る」
「ふぅん、そうか」
空いていた隣の席に腰かけると峰岸は長い脚を組む。優哉と並んでいるのを見ると二人ともだいぶ大人になったよな、なんて改めて思う。成長は見るからに感じてはいたが、学生時代とは違う雰囲気がある。
昔のように峰岸が突っかかる感じがなくなったからだろうか。落ち着いて二人で会話している姿を見ると目新しさを感じる。
「佐樹ちゃんは最後まで参加するの?」
「ああ、二次会まで呼ばれてるから参加するよ」
じっと二人を見ていたらそっと肩に手を置かれた。それに振り向くと隣に立った渉さんは小さく首を傾げる。じっと見つめてくる視線を見つめ返せば、やんわりと微笑まれた。
「渉さんがこういう公の席に参加するのちょっと意外だ」
「うん、俺もそう思う。結婚式なんて初めてでちょっと緊張しちゃうよ。でもあの子に呼ばれたら来ないわけにはいかないよね」
「渉が呼ばれんのはなんとなくわかるんだけど。なんで俺まで呼んだんだか」
「えー、そう? 一真はなんだかんだとあの子と仲は良好じゃない」
テーブルに頬杖ついた峰岸に渉さんは小さく声を上げて笑った。確かに昔の彼だったら呼ばれるのはかなり意外だけれど、いまは言う通り片平との仲はわりと普通だ。三島を介して三人で会うことも多いみたいだし、不思議に思うところでもない気がするのだが。
わりとこの男も繊細な心の持ち主だったのかな。昔のことを気にしてるのかもしれない。
「そういえば、二次会は彼の店でやるんでしょ?」
「うん、優哉の店だ」
「今日は行かないから、今度さ、俺も招待してよ。佐樹ちゃん連れてって」
「え?」
「……あの人と来たらいいんじゃないのか」
目を輝かせた渉さんに驚いていたら、ふいにぽつりと優哉が呟いた。その瞬間、翠色の瞳がもの言いたげに細められる。不愉快そうにも見えるけれどたぶんこれはちょっと照れくさいのだろう。
渉さんの右手の薬指には彼の瞳と同じ色の石を埋め込んだプラチナの指輪がある。控えめだけれど細く長い指によく似合うそれは、優哉の言うあの人から贈られたものだ。しかしムッと口を尖らせた渉さんは文句の代わりに僕を抱きしめた。
言葉にするより効果的なのを把握されている。人の集まる場所で優哉があからさまに態度に表せないのをわかっているのだ。しばらく見えない火花を散らせた恋人と友人に挟まれて居心地の悪い気分になったが、そんなことをしているあいだに挙式の時間になった。
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