あの日の笑顔

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 式場に戻るともっとゆっくりしてきても良かったのにと二人に笑われた。そうもいかないだろうと言いながらも、それができたらどれだけ良かっただろうとも思う。しかしだいぶ時間を割いてもらったし、これだけでもありがたいと思わなくては。 「そういや気になってたんだけど、なんで俺たち家族席なんだ」 「ああ、そういえば」 「もしかしてあれかな、俺に気を使ったのかな」  披露宴会場に移動しながらぽつりと峰岸が呟いた言葉に、渉さんが少し困ったように笑った。一瞬首を傾げてしまったが、すぐになるほどと納得する。僕も席次表をもらった時に不思議に思っていたが、公に出ない渉さんだからあまり人目につかないよう気を使ったんだ。 「ふぅん、それなら仕方ないな。まあ、場所なんてどこでもいいけど」 「峰岸も気楽でいいんじゃないか? 三島もいるし」 「寝らんねぇけど」 「お前、寝る気でいたのかよ」  マイペース極まりない峰岸にじとりと目を細めたら、面倒くさそうにあくびをする。気を抜いたら本当に寝ていそうで心配になるが、さすがに家族の前でそれはしないかと息をつく。 「あ、来た来た! お疲れさまぁ」  会場に着くと細目をさらに細くして笑みを浮かべる三島が、僕たちに気づいて大きく手を上げる。席には彼と真ん中の弟、希一もいる。  僕たちを見て弟は小さく会釈をしてくれた。渉さんに会うのは初めてなようで、ぽつりと小さな声ではじめましてと言う。 「はじめまして月島渉です。一真から噂では聞いてたけど、ほんとに兄弟そっくりだね。二人とも身体大きいしゴールデンレトリバーが二頭って感じ」  にっこりと綺麗に笑った渉さんに驚いた顔をして希一は頬を染める。見た目はそっくりだが、社交的な兄とは違い彼は少し引っ込み思案な恥ずかしがりだ。何度も顔を合わせている僕にもまだかなり遠慮がちなところがあった。  初めて会ったのは彼が中学校に上がる少し前、正月の初詣の時に三島と片平と一緒にいた。早いもので来年の春には高校三年生になる。元より高かったが、背はぐんと伸びていまは三島と大して変わりがない。 「お前は相変わらず人前だと声が小せぇな」 「……別に、迷惑かけてるわけじゃないし」 「普段の元気の良さ見せれば兄貴と違ってモテるぞ」 「ちょっと峰岸、それ聞き捨てならない」  落ち着かないような表情を見せる希一の頭を撫でる峰岸は、三島家によく出入りしているのでかなり親しいようだ。彼曰く弟は内弁慶なのだという。確かに峰岸が近くに行ったら少し表情が変わった。  嬉しそうに笑うその顔が少年らしくて可愛い。しばらくすると入り口のほうからトコトコと末の弟もやってくる。僕たちの顔を見るとぺこりと頭を下げた。 「今日はご足労いただきましてありがとうございます」 「なんかこっちは随分と大人びてるね」 「はじめまして、月島さんですね。僕は三島貴穂です。よろしくお願いします」  見た目にそぐわない言葉遣いをする貴穂に渉さんは目を瞬かせる。けれどキリッとした表情のまま彼はまた頭を下げた。幼かった頃はニコニコとした可愛らしい笑顔が印象的だったが、こちらは成長と共に精神年齢がかなり高くなった。  兄たちと比べると線も細く可憐な美少年。周りにちやほやされすぎて、天狗になるどころか変にスルースキルが磨かれてしまった。だいぶクールな性格だ。 「あ、皆さんお揃いね」 「今日はどうもありがとう」  三者三様な三島家兄弟を囲んで話をしていると、明るく華やかな片平の母と穏やかな三島の父もやってきた。二人は娘と息子にそっくりで、一目で親子とわかるほどだ。優しく思いやり深いこの人たちがいるから、子供たちはまっすぐに育ったのだろうなと思う。  全員揃って家族席が埋まる頃にはほかの招待客も揃い、披露宴は優しい曲から始まった。会場の大きなモニターにオープニングムービーが流れる。二人のはじまりと今日までを描いた映像、そこに一番はじめに映し出されたものに僕の胸は高鳴った。  それは一枚の写真。片平が高校三年、最後の写真展で審査員特別賞をもらったものだ。太陽の下でハイタッチをした手をクローズアップさせた写真で、笑みを浮かべる二人の表情はわかるが人物は光の加減で鮮明ではない。
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