あの日の笑顔

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 これは彼女にとって記念の一枚だが、僕にとっても懐かしく特別な一枚だ。そこに写っているのは僕と優哉。夏の課外部活動、あの日にこれは撮られた。カメラを向けられた僕と優哉がなかなか笑みを作れないのを見かねた峰岸と三島に、いきなり襲いかかられて二人でやり返したあの時。  その時は撮られていたことには気づかなかったけれど、展覧会で出展されているのを見てすぐに気づいた。そしてこの瞬間を残してくれた片平に感謝してしまった。僕たち二人がこんな笑顔で写っているのはこれだけだ。  そしてこの一枚が今日、晴れの日を迎える二人を繋ぐ一枚となった。この写真の思い出を知る峰岸は隣で小さく懐かしいなと呟く。僕たちが今日もこうして繋がっているのはきっとあの日があったからだ。 「新郎新婦の入場です!」  感慨深くなっていると進行役の声と共に、控えていた式場スタッフたちが一斉にクラッカーを鳴らす。その音に会場の視線はスポットライトの先へ向けられた。開かれた扉から現れたのはにこやかに手を振る二人。  絵になるとはこういうことを言うのだなと感じるのは僕だけではないようで、登場と共に会場から歓声や拍手が沸き起こる。可愛らしくドレスを持ち上げお辞儀する片平と、紳士らしく優雅にお辞儀する彼。もうここから撮影ラッシュだ。  それを見ているだけで二人の人柄を感じる。彼女らに似て周りの人たちも明るく楽しい人が多いのだろう。盛り上げ上手な司会の進行で進む披露宴はかなりわいわいとアットホームな印象だ。百人くらい集まっているのに一体感がある。  ケーキ入刀やファーストバイトは見ているだけで楽しくなった。そしてなにより二人の笑顔が本当に幸せそうで笑みが移る。 「それでは花嫁は一度中座させていただきます。エスコート役はあずみさんのたっての願いで恩師の、西岡佐樹先生」  披露宴が進みそろそろお色直しという頃、ぼんやりと司会の声を聞いていた僕は突然耳に飛び込んできた自分の名前に耳を疑う。けれどここで呼ばれることをまったく予想していなかったのでうまく反応ができなかった。 「西岡さーん、西岡先生、よろしくお願いします!」  何度も名前を呼ばれて隣の峰岸に背中を叩かれて急かされる。慌てて立ち上がるとスポットライトが当たり、なんともいたたまれない気持ちになった。しかし黙って立ち尽くしているわけにもいかず、渋々花嫁のところへ向かうことになる。 「お前、なんでよりによって僕を」 「えー、だってやっぱり西岡先生がいいなって」  傍まで行くとこっそりと周りに聞こえない程度の声で笑っている片平に文句を呟く。けれどそんな反応などきっと予測済みなのだろう彼女は、なんてことないという顔で笑みを深くした。  しかしこんな人前で、と思うが、彼女の綺麗な花嫁姿をこうして近くで見られるのはなんとなく嬉しい。それにほかの誰でもなく、自分を指名してくれたことを改めて考えれば、光栄なことだ。 「西岡先生、いままでありがとうね」 「ああ、これからもよろしくな」 「うん」  新郎のエスコートは彼の歳の離れた妹さんだった。あとから聞いた話では彼は弟妹が多く、みんな彼と歳が離れているのだという。小さい頃に父親が亡くなり、そのあとに母親が再婚をして家族が増えたようだ。  彼は家族をとても愛している人で、新しく父親になった人とも仲は良好で楽しい家族なのだと片平は笑っていた。彼女自身、高校までは片親だった。三島家との付き合いがあったので寂しさは欠片もなかったけれど、新しい家族が増えることはとても素敵だと嬉しそうだった。  新しい家族――優哉も時雨さんや祖父母のことを大切にしている。いまでもよく電話をしているし、メールのやり取りもしているようで写真が送られてくると言っていた。次はいつ帰ってくるの? なんて聞かれてちょっと困っているとも。  いまは新しい生活が始まったばかりだから落ち着くまでは難しいだろうが、帰る時には僕も連れて行ってもらいたいな、なんて考えている。愛する人の一部になれること、それは些細なことでも嬉しい。  僕たちは神様の前で宣誓したわけではないけれど、これからも変わらず彼の隣にいたい。そして泣き笑い、時に二人で道に迷いながらも歩いて行けたらいいと思うんだ。
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