あの日の笑顔

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 賑やかな披露宴が終わるとごく一部の人たちが二次会へ移動する。優哉の店自体さほど広くないので三十人ほどだったか。もっと広い店も選べただろうけれど、二次会は本当に身近な人たちでいいのだと片平は言っていた。 「じゃあ、俺はここまでで」 「うん、渉さんまたな。あ、そのうちご飯に行こう優哉のところにでも」 「そうだね、また連絡してよ。二次会も楽しんできて」 「ありがとう。気をつけて帰って」  これからに二次会に移動するのは僕と峰岸と三島、渉さんは誘われもしたらしいのだが今回は断ったようだ。それでもあの夫婦とは近いうちに三人でランチを約束しているとか。片平の旦那さんと彼も仕事を始めた頃に知り合ったのだと聞いた。  なので本当なら新郎の招待客側にいてもおかしくなかったのだけれど、渉さんの事情と奥さんの気持ちを優先したのだろう。僕たちもいたのできっとなおさらだ。 「まだ少し時間あるけどどうする?」  駅前のタクシー乗り場で渉さんと別れるとふいに三島が首を傾げた。ここから優哉の店まで三十分くらい。しかし時計を確認するとまだ時間にはかなり早かった。しかしどうするべきか考えていると僕の返事を聞く前に峰岸が歩き始める。 「駅前になにかしらあるんだろ?」 「あ、そうだな。商店街があるからカフェとかはあると思う。確かおいしいケーキ屋さんがあるって」 「じゃあ、移動しようぜ」  即断即決、僕の返事を聞くと峰岸はのんびりとした足取りで改札を抜けて行ってしまう。こういう迷いのなさってちょっと羨ましいよな。僕はかなり優柔不断なところもあるし。彼のあとを追って少し呆れたような表情を浮かべる三島と改札を抜ける。  ホームへ行くとちょうど各駅停車の電車がやって来たので、向かう先が急行の止まらない駅なのでそれに乗り込む。平日の夕方近く、学校帰りの学生の姿が見受けられる。賑やかな彼らの声を聞きながら電車に揺られていると、ふいに隣に並び立つ三島に顔をのぞき込まれた。 「どうした?」 「あー、いや、なんか顔色もいいし元気そうだね」 「え?」 「センセは食生活とかがずさんすぎて調子がまちまちだったよな」  首を傾げた僕に峰岸が窓の外を見ながらぽつりと呟く。その言葉に目を瞬かせたら三島が楽しげに笑った。確かに優哉が帰ってきてから食生活がだいぶ豊かになったのは間違いない。  けれど言われるほど酷いとは思っていなかった。帰ってくる前だって昔に比べたらだいぶマシだったと思う。朝は食べていたし、昼だって学食で食べていたし、夜だって惣菜だけれど抜かずに食べていた。 「栄養管理ができていたかと言われると返答には迷うが、そこまで酷かったか?」 「食う時と食わねぇ時の差が激しい」 「あとあれじゃない?」  峰岸の言葉にちょっとだけ言葉を詰まらせていると、フォローするように声を上げた三島がなにかを指し示すみたいに人差し指を立てる。それにまた首を傾げてしまったら左右に指先が振られて小さく笑われた。 「ほら、睡眠。最近はよく眠れてるんでしょ? 目の下の隈がなくなった」 「睡眠、……ああ、それはあるかな」  確かにそれは食生活よりも明らかかもしれない。なんだかんだと言いながら僕は優哉ロスが酷かったように思う。彼がいなくなったあと、日々の睡眠が少しばかり悪くなった。まったく眠れない、と言うわけではないのだが、眠りが浅くなったのだ。  たぶん一人きりが寂しくなったのだろう。こうして三島たちもいてくれたし、家族は変わらぬ距離で傍にいてくれるし、友人たちも付かず離れず傍にいてくれた。それでも優哉のいない時間はひどく切なかった。 「優哉も昔は西やんが精神安定剤って感じだったよ。傍にいる時はすごく気持ちが安定してたけど、会えてない時は結構苛々してて機嫌悪かったしね」 「……あの頃の僕たちはちょっとお互いに依存しすぎていたんだと思う。だから色々あったけど、離れていた時間は無駄じゃないよ」  寂しかった、切なかった、会いたかった。色んな気持ちがあるけれど、離れたおかげで僕たちは一人で立つことを覚えた。それはなにかを切り捨てたものではなく、殻を一つ破るような感じだ。
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