あの日の笑顔

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 ずっと不安定な中で生きてきた僕たちは、ようやく地盤が固まりまっすぐと立ち歩けるようになった。そしていま再会して新しい縁を結んだとも言える。脆かった糸を解いて結び直した僕たちだから、これから先を一緒に進むことができるんだ。 「西やん、いま幸せ?」 「ああ、幸せだよ。毎日が楽しいし、ドキドキするし、傍にいてくれることが嬉しくて」 「相変わらず無自覚な惚気がすげぇ」 「なにそれ、峰岸ひがみでしょ」 「あぁ? お前こそいつになったら彼女つくるんだよ?」 「はぁっ? その言葉そのまま返すよ」  ニヤニヤと笑った三島の反応に峰岸の眉間にしわが刻まれた。そして今度は頭の上でにらみ合う二人に思わずため息が出る。どちらかと言えば峰岸のほうが相手がいない期間が長い。けれどだからと言って三島に相手がいる期間が長いのかと言うと微妙だ。  比べると峰岸のほうは彼女も彼氏も作る気がほとんどないと言ってもいいだろう。恋愛ごとは面倒くさいとかなり引いた状態だ。三島のほうは縁があれば彼女が欲しいと普段から思っているようだが、あまり長続きしていない。 「こういうのは作る作らないじゃないし、いがみ合うことじゃないだろ」  いまいるのが座席の前ではなくて良かったとつくづく思う。こんな話を聞かれたら絶対に人目を集める。扉近くに立っているこの状況でも険悪な二人の様子に視線を上げる人は少なくない。  三島はかなり背が高いし、峰岸は顔が良すぎるし、黙っていても目立つんだ。できたらなにも聞かないふりをして立ち去りたい気分だ。しかしそんなことができるのならいま気まずい思いはしていない。 「こいつ、職場に気になる相手がいるのにいまだに食事にすら誘えてないんだぜ」 「そ、それは色々あるだろう!」 「色々ってなんだよ。そうやってもたもたしてっからほかのやつに持って行かれるんじゃねぇか。いままで紹介したやつほぼ全部、横からさらわれただろ。お前ちょっと押しが弱すぎんだよ」  ああ、今日のこれは峰岸に軍配ありだな。三島はだいぶ押し負かされている。そうそうこんな風にちょっと彼は押され弱く押しにも弱いところがある。優しいのだけれどちょっと物足りない、と感じている女の子が多いのかもしれない。  しかし僕もそれほど恋愛経験豊富というわけではないが、感じる一番の敗因はおそらく三島の元来の性格にあると思う。性格は誰が見ても真面目でまっすぐでいいやつだと口を揃える。ただやはりずっと弟たちの母親代わりをしてきたせいか、世話焼きなお母さん気質が抜けない。  頼り甲斐はすごくある、あるけれど女の子からするとたぶん些か複雑なのではないかと推測している。自分よりも圧倒的な気遣いができる。器用だ、マメだ、そういう時に若干の劣等感を抱くことがあるのだろう。  僕みたいに気が利かなさすぎるのもよくないが、気が優しいというのがマイナスになるのは不憫だ。 「彼氏とかいる気配まったくないんだろ?」 「う、うん、まあ」 「もうちょっとやる気を見せろよ」 「でもお互い忙しいし」 「そんなこと言って結構暇してるだろ、お前。呼べば出てくる癖に」 「それは峰岸が一方的に呼び出すんじゃないか」 「時間が空いてるから来るんだろう?」  普段は三島に世話を焼かれっぱなしな印象が強いけれど、わりと峰岸も世話焼きだよな。学生時代から文句を言っても人の声にはちゃんと反応する。派手な性格が目立つがかなり気遣いもできる。  性格がちぐはぐで気が合わなさそうなのにいまもこうして付き合いを続けているのは、持ちつ持たれつってところなのかな。いま三島が愚痴とかぼやきを言えるのは峰岸くらいみたいだし。弟たちが成長してきて色々悩みもあるのだろう。 「お前たちは仲が悪いんだかいいんだか、ちょっとよくわからないよな」  二人が言い合っているうちに電車が最寄り駅に着いた。肩をすくめた僕に二人は揃って仲は良くないと言うが、それも天の邪鬼としか言いようがない。悪友のようで友人のようで兄弟みたいな関係だ。  全然素直じゃないそんな二人がちょっと可愛く思えてしまう。しかしそれを言うとふて腐れるのが目に見えてわかるので、笑みをこらえながら僕はのんびりと電車を降りた。
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