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祝い事は優哉がいないあいだにも色々あった。あったけれど彼が傍にいるいま、この瞬間に幸せを浴びると心がひどく反応を示す。自分もキラキラとした輝きの中に飛び込みたくなる。
人の想いは時に連鎖して心に幸せの種を落としていく。もう隔てるものがない、目の前の輝きに手を伸ばしていいのだと思うと気持ちが羽が生えたように軽くなる。
「やっぱり思っているより寂しかったんだな」
「なに? 幸せを噛みしめてるの?」
「うん、そうだな。そうかもしれない」
それを認めるのは少し気恥ずかしかったが、この気持ちの浮つきは誤魔化しようがない。四年半分の隙間はどう頑張っても三ヶ月なんかじゃ埋められないのだから、これからもっと噛みしめながら実感していってもいいだろう。
「二人も結婚式とかしたら?」
「は? な、それは、ないだろ」
「どうして? いまはそういうカップルも少なくないんでしょ?」
「んー、まあ、そうだけど」
戸惑う僕とは裏腹に三島はちっとも疑問も抱かずいいと思うのに、と呟きながら皿の上のものを突く。その横顔をしばらく見つめてから黙って僕は手元に視線を落とした。きっと周りは祝福してくれるだろうけれど、なんとなくその気持ちに踏ん切りがつかない。
夢を見るくらいだから憧れはあるのだと思う。彼とそうなりたいって言う願望はあるはずだ。けれどちょっとだけ怖いのかもしれない。また失敗したらどうしよう、なんて気持ちが心の隅っこにある。
もう臆病さはない、そう思っていたけれど漠然とした不安はあったようだ。光には影はつきもの、そんなことを思って息をついた。
「ああ、疲れた。もう帰りてぇ」
「ちょっと峰岸、声が大きい。もう少し我慢しろよ」
「うるせぇなぁ。……ん? センセ? どうした、ぼんやりして」
「えっ? いや、なんでもない。それよりいいのか、女の子たちまだ話したそうだぞ」
「いいもなにも俺はめんどくせぇのは嫌なんだよ」
ふいに顔をのぞき込まれて視線を持ち上げると心配げな表情を浮かべる峰岸がいた。先ほどまで片平の友人たちに囲まれていたのに、どうやら逃げてきたようだ。ちょっと名残惜しそうな目をしている子たちがいる。
「峰岸は僕に遠慮して相手を作らないのかと思っていた。そろそろいいんじゃないのか?」
「……別に、そんなんじゃねぇよ。ただ、いまはちょっと面倒なだけだ」
「ふぅん、そうなのか。僕はもう寂しくないから大丈夫だぞ」
「そういうの、無自覚な惚気」
「いっ、たいな」
指先で額を弾かれて鈍い痛みが走る。けれど見上げた顔はなんだかすごく満足げな顔をしているので文句が言えなくなった。たぶん僕に気を使っていたのは間違いではないのだろう。
僕たち二人が揃っていないと落ち着かない、それを一番口にするのは峰岸だった。怖いなんて言ってる場合じゃなくて、早くこの不器用な男を安心させてあげなくてはいけないなと思えた。
「僕は人に恵まれて、幸せ者だな」
「西やんが幸せだと俺たちも幸せだって思うよ」
「あんたはなにも考えずに笑ってればいいんだ」
「僕にも人の幸せを祈らせろよ。特にお前たち、心配だしな」
「余計なお世話だ」
「心配されるほどじゃないよ」
二人揃って口を曲げる、子供みたいな反応に声を上げて笑えばますますふて腐れた。これからもっと幸せだって思えることを増やして、傍にいる彼らも笑顔でいてくれたらいい。
寂しかったけれど、それでも前を向いて歩いてこられたのは彼らのおかげだ。みんなが僕の傍で笑っていてくれるから、僕も笑っていられた。それを忘れるところだった。幸せになろう、誰よりも。そしてこれからの毎日を笑顔でいよう。
「センセはなんでも顔に出て可愛いな」
「え?」
「決意を新たにって顔だね。俺たちのありがたみをいま感じた?」
「あー、うん」
「正直すぎ!」
「しょうがねぇ大人だな」
両脇の二人は顔を見合わせると吹き出すように笑う。呆れられているのはわかるけれど、なんだかその空気がいいなって自然とつられるように笑ってしまう。周りは少し不思議そうな顔をしているが、視線を持ち上げた先には優しい眼差しがあった。
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