あの日の笑顔

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 楽しい時間というものはあっという間に過ぎる。二次会は披露宴同様、いや、それ以上の盛り上がりを見せて終わりを迎えようとしていた。景品が高級旅館の宿泊券だった新郎新婦クイズはだいぶ白熱したが、陽司さんの親友が勝ち逃げした。  多少ブーイングも起きたが盛り上がりを助長するような笑いが起きる程度のものだった。ずっと笑顔が絶えないこの空間はとても胸が温かくなる。友達という存在が良いものだと改めて感じさせてくれた。  そういえば最近は友人たちと疎遠だったことに気づいて、もっと自分から交流を持つのも大切だなと考えさせられる。いつでもなにも言わずにそこにいてくれるから、当たり前になってきてしまうんだ。  人との縁はもっと大事にしていかなくてはいけない。優哉との縁が当然ではないように彼らの縁だって特別なものなのだから。まずは身近なところ、親友の明良にでも連絡してみようか。 「本日は最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。皆さまのおかげで今日という日がとても特別なものになりました」 「え? 俺はあずみちゃんとの出逢い以上に特別なものはないよ?」 「もう、陽司さんは黙ってて」 「ごめん、怒んないで」  締めの挨拶をしているのにいつまでも主役の二人に周りは当てられる。片平の言葉に茶々を入れてばかりいる陽司さんは実に楽しそうで、きっとこの時間が名残惜しいのだろうなと感じた。  それに怒ってみせる彼女もこの空気をとても楽しんでいる。そしてなによりそれを見守るみんなが温かい目をしていた。 「今日はとても幸せなのですが、昔の私は恋愛だとかそういうものにさほど興味がなくて、写真を撮ることだけが楽しみでした。けれどある人のまっすぐな気持ちに心を動かされました。一人の人をひたむきに想うその人は、約束をしたけれどもう届かないかもしれない、叶わないかもしれないと不安になりながらも、それでも諦めずにその想いを心に抱いていました。強い想いは長い時間をかけて実り、相手もまっすぐにその人を愛するようになるのですが、二人の歩く道は傍で見ているだけでも平坦ではなく、幾度も繋いだ手が解けそうになりました。もう、見ているほうがハラハラするくらい」  静かに語る片平、彼女が伝えようとするその人が誰か、その相手が誰か――名前を紡がなくてもわかってしまう。それに気づくのはこの中にいるほんの一握りの人たちだ。視線を動かすと厨房の中で彼は静かにその言葉に耳を傾けている。  隣にいる二人もやけに真剣な目をしていた。続く言葉を待つ僕は喉が熱くて震えそうになる。 「想いを通じ合わせてもなお二人を隔てるものは大きかった。出逢い、離れ、そして出会いまた離れる。それでも実らせた想いを二人は長い時間をかけて育てていきました。けれど出会って十年、離れていた時間は九年です。気が遠くなりますよね。でも最近になってようやく二人は一緒にいられるようになりました。二人を見ていて思うんです。人を愛することって本当に素晴らしいなって。きっとこの先、何年経っても二人は一緒にいるんだろうなって思います。だから私も、十年、二十年、その先もずっと彼を愛していきたい、そういま心から思うことができました」  言葉を紡ぎ終わった彼女の顔は清々しい。隣で微笑む人は少し涙ぐんでいるようにも見える。二人の姿を見ていると、それ共に懐かしい記憶が頭の中でよみがえった。離れているあいだの九年、それよりも傍にいた一年がなによりも色鮮やかだ。  愛する人の隣で笑い合えること、それ以上に幸せな時間はない。 「あずみちゃん、俺のほうが先におじいちゃんになっちゃうけど、大丈夫かな?」 「大丈夫! ちゃんと介護してあげる」 「んー、なんかその言葉は切ないね」 「なに言ってるの! 最後まで傍にいるってことよ!」 「そっか、なるべく元気で長生きするからね」  微笑ましそうにみんなが見つめる中で、花婿は笑みをこぼす花嫁を抱き上げた。幸せを振りまく二人の姿はみんなのカメラに収められる。そしてたくさんの花吹雪とおめでとうの言葉と共に楽しい時間は終わりを迎えた。  もう一度視線を持ち上げたらまっすぐに見つめ返されて胸が高鳴る。早く触れたい、ほんの少し切ない思いを胸に灯らせて、その眼差しに僕は笑みを返す。 「おめでとう!」 「ありがとう」  招待客を見送る二人は玄関ホールでギフトを手渡しながら一人一人に声をかけた。感極まって泣く友人たちをなだめながら、熱い抱擁も受け止めながら優しい笑顔を浮かべる。もうほぼ最後という頃にその列に並ぶと、片平はやんわりと目を細めた。
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