明日の空に射す光

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 新年のはじまりはいつも決まった神社に初詣に出掛ける。優哉がいないあいだは親友の明良辺りに付き合ってもらっていた。一年の健康を願い、縁結びにも御利益のあるそこで恋人と早く一緒にいられますように、なんてお祈りをしていた。  今年も新しい年を迎えていつもの場所へと向かう。今日は待ち望んでいた人と一緒に。 「優哉、大丈夫か? 眠くない?」 「大丈夫です。いまはなんとか」  早朝の電車に揺られながら、隣にいる人は大きなあくびを噛みしめた。昔とは違い朝に強くなった彼にしては珍しい横顔だ。しかしのぞき込む僕の視線に少し苦笑いを浮かべるけれど、顔色は悪くないし言葉通り大丈夫なのだろう。 「心配したけど全然昨日のお酒は残ってる感じないな」 「ええ、我ながら自分の頑丈さに救われました。これで初詣に行けないことになったら自分を恨んでいたところです」 「でも昨日のあれじゃ、行けなくても仕方がなかったと思うぞ」  困ったように眉を寄せる優哉の顔がちょっと可愛い。昨日は大晦日だったのだが、彼の古い友人であり時雨さんの秘書でもある荻野奈智さんが訪ねてきた。  レストランのオープンで大きな借りを作っている優哉に、時雨さんの代わりに企業のカウントダウンパーティーへ参加するよう招待状を持ってきたのだ。それに対し即座に嫌だと反抗をしていたのだけれど、結局は有無を言わせない調子で頷かされていた。  どうせなら僕も一緒にどうか、なんて誘われもしたが、優哉の猛反対を受けて留守番することになった。そして遅くならずに帰ってくるからと出掛けていった彼は、確かにさほど遅くない、日付が変わり一時間と経たないうちに帰ってきた。  けれど珍しいほどにお酒の匂いをさせて。優哉がお酒をよく飲むことは知っている。しかし彼はかなり強いほうで、相当数の酒を飲んでも酔わないことも知っている。酒豪のお化けみたいな明良と飲んでも潰されることがないくらいだ。 「あんなによろよろになったお前は初めて見たな」 「俺もあんなに飲まされたのは初めてでした。吐き出す息が酒臭いのを自分でも感じるって相当ですよね」  どうやらパーティーで優哉を気に入ってくれた人がいたようなのだが、その人はとにかくお酒が大好きで、優哉が飲めるのを知って大喜びであれこれと勧めてきたらしい。それに気づいた荻野さんにレスキューされたものの、その時点でだいぶ深酒だったというわけだ。 「けどかなりふらふらしてたのに帰ってきて自力でシャワー浴びてベッドで寝たのはさすがだ」 「いや、でもだいぶ記憶が曖昧でしたね。佐樹さんのベッドに潜り込んだことだけうっすらと記憶にあるくらいです」 「お前が記憶なくすとかほんとに相当だな」 「飲んでいる時は平気だったんですけど、タクシーがマンションに着いて、ああ、家に着いたと思ったら一気に酔いが回りました」 「うちに帰ってきて安心した?」 「はい」  照れたように笑うその顔にこちらまで笑みが移る。あのマンションを自分の家だと思ってくれていることと、気が抜けてしまうくらいに彼の一部になっていることが嬉しかった。一緒に住んでいたら当たり前のことなのかもしれないが、ただいま、そう帰ってくるだけで心が跳ね上がるくらいだ。  小さなそういう積み重ねが、二人の時間を示すようで幸せで仕方がない。 「佐樹さん? どうしたの?」 「なにが?」 「なんだか嬉しそうだよ」 「……ん、だって嬉しいし」  顔をのぞき見るように身を屈めた優哉に頬が火照る。けれど誤魔化す気にもなれなくて正直に答えてしまった。そんな僕の返答に目を瞬かせて驚くけれど、すぐに彼はやんわりと笑みを浮かべる。 「俺はいつだって佐樹さんのところに、あの場所に帰ってきますからね」 「うん」  隣り合った肩が少し近くなって温度を感じる。なにも言わなくても寄り添ってくれるそういうところがまたいいな、なんて顔が緩む。こんなことを言うとまた惚気てると周りに言われるのだが、惚気たっていいだろう。  彼といると時折不安になっても優しく心を抱きしめられて、すくい上げられることが多い。それはいままであまり経験のないことだ。いつだってしっかりしなければと思うことが多かったから、寄りかかってもいいのかなって思えたのはたぶん初めてかもしれない。  優哉といると初めての感情をたくさん知る。いままで気づかなかった自分の一部分を知る。
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