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「これって参拝に向かう人ですよね」
「うん、間違いなく」
「なんだか以前に増して人が増えた印象ですね」
電車を降りて神社に向かうまでの道のり、人の数がかなり多く感じられる。毎年僕が訪れている神社は、こちらにいた頃の優哉も毎年訪れていた場所だ。数年前と比べるとその数は圧倒的で、道の先を見れば階段の下のほうまで人の列がある。
ここの神様はかなり有能で、行けば必ずと言われる御利益は噂で広まりテレビや雑誌でも有名だ。こういった行事ごとでなくとも参拝する人は多い。
「参拝が終わったらお守り返して新しいの買いたい」
「いいですよ。それが終わったら甘酒もらいに行きましょう」
「あ、賛成。人混みだけど結構冷えるよな」
「佐樹さん、指先が冷たい。手袋をしてきたら良かったのに」
「……っ! ちょ、手」
ふいにじんわりとしたぬくもりが指先に触れて肩が跳ね上がる。けれど隣にいる恋人はなにごともない顔をして笑っている。ちょっと指先に手が触れたくらいで周りは気にしたりしないとわかっていても、不意打ちは胸の音が早くなってしまう。
視線を落として手を引いたら温かい手はあっさりと離れていった。逃げたのは自分なのに寂しくなるのはちょっと我がまますぎだ。
「今日は早く出てきて良かったですね」
「ああ、うん。そうだな。思った以上に時間がかかりそうだ」
時刻は七時半を回ったところ。けれどこの列はあと三十分くらいは優に続きそうに思える。混雑していない日は五分とかからない距離なのに、正月と言う行事をいまさら実感した。時折吹き付ける風は身体の芯を冷やしていく。
「お昼過ぎくらいには向こうに着くかな。参拝が済んだら連絡しておく。最寄りの駅まで迎えに来てくれるって」
「そうなんですか?」
「うん、いま詩織姉と保さんも来てるんだけど、車を出すって言ってくれたんだ。バスだと遅れたりもするから助かるな」
今日は参拝を済ませたらそのまま実家に帰る予定だ。いつもだったら家族全員揃うのは夏くらいしかないのだが、僕たちが正月に実家に行くと聞いて長女夫婦も帰ってくることになった。
冬は寒くて嫌だと言っていた姉だから、かなり優哉の帰国と今回の帰省を喜んでくれているのがわかる。
「いまの時期は向こう寒いから、もしかしたら雪が降ってるかもな」
「冬らしくていいですよ」
「あっちって暖かいのか?」
「んー、こっちとさほど変わらないですよ。この時期は時々雪が降るくらいですね。北に行くともうちょっと寒いですけど、俺がいたところはそこまでじゃなかったです」
「そういや気候が似てるって言ってたな」
「ええ、そうなんです。雪が降るとよく犬たちが庭を駆け回ってました」
時々聞かせてくれる向こうでの話は色んな思い出が溢れていて楽しい。それを語る彼の顔がなによりもその時間の尊さを物語っていて、幸せだったんだなと思うほどに嬉しくなる。
今朝も時雨さんからおめでとうメールは届いていたみたいだ。新年から忙しいあの人はいまは出張中らしい。荻野さんはそのあとを追いかけて朝一番の便で飛び立ったとか。彼もなかなか忙しい人だと思う。
「そろそろですね。なにをお願いしますか?」
「え? お願いごとする前にそれ聞くの?」
「駄目ですかね? なんだか気になって」
「んー、やっぱりいまの縁が末永く続くように、だ。それと無事にお前を帰してくれたことにお礼もしなくちゃな」
一年の礼を尽くし、これからの一年に願いを込める。毎年毎年こうして両手を合わせて祈ってきた。二人の縁が途切れませんように、繋ぎ直すことができますようにと。いまこうして再び繋がった縁は二人で繋いだものだけれど、きっと願いが届いたからだ。
「俺もお礼をしなくちゃ駄目ですね」
「え?」
「こっちを立つ前にもお参りしたでしょう? その時に離れても繋がっていられるように目いっぱいお願いしました。心が離れないように一生分くらいの想いを込めて」
ふっと優しく微笑んだその顔に胸がドキリとする。柔らかなその瞳に想いがこもっているように見えた。自分と同じくらい二人の縁を大切にしようと思ってくれていたのを感じる。
それが伝わるとたまらない気持ちになった。あとで思いきり抱きしめよう、そう思いながら真剣な横顔を見つめて口の端が持ち上がるのをこらえた。
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