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いまこうして前を向いているから、そんなことがあったなって笑えるけれど、端から見たらきっともどかしかったに違いない。
「いまの僕があるのは全部、お前のおかげだって思ってる」
「また佐樹さんは、過大評価」
「正当な評価だ。もうちょっと優哉は自分に自信を持てよ。お前が人に与える影響だって大きいんだぞ」
「そうなんですかね。前より色んなものを受け入れられるようになりましたけど、まだ正直持て余すことも多いです。もう少し余裕を持ちたいですね」
「ほんとにお前は不器用だな。……でもそういう謙虚なところも優哉らしさなのかな」
たくさんの人に愛されてるのだからもっとうぬぼれてもいいのに、彼はいつまでも控えめだ。まったく自己主張がないわけではないが、人に対して踏み込みきれない部分がまだあるのかもしれない。
愛され慣れていない、とでも言うのだろうか。きっと相手からの愛情は感じていると思う。けれど自分の許容量が追いついていないような。僕がまっすぐに想いを告げるといまも時折泣き出しそうな顔をする。
その顔を見るとひどく切なくもなるが、愛おしさも募った。もっと愛してあげたい、もっと寄り添っていたいと思わされる。そして彼にはたくさん想いを言葉にして伝えてあげなければとも思う。
もう溺れてしまいそうだと思うくらい。きっと彼にはそのくらいがちょうどいいのではないだろうか。
「佐樹さん、お腹は空いてない? 朝あんまりしっかり食べられなかったけど」
「んー、いまは平気かな。コーヒーだけ買っていいか?」
「そこのコンビニに寄りましょう」
「うん」
「コーヒーは温かいの?」
「冷たいのでいいかな。……ん? なんだ?」
乗り継ぎ駅に着いて寄り道をしていると立て続けに詩織姉からメッセージが届いた。なにごとかと画面を見ると、まだか、いつ来るのか、何時に来るのか、などと矢継ぎ早に質問攻めされて返信する隙がない。ようやくあと二時間くらいと返せば今度は文句を言われる。
おそらく雪が降ってきて家から出られず暇をしているのだろう。朝はみんなで初詣に行くのだと言っていたが、田舎町なのでほかにほとんどすることがない。
大きなショッピングモールなどは隣町に行かなければならない。それ以外は家でゴロゴロするか、家事をするか、積もっているならば雪かき、そのくらいだ。今日は正月でどこも営業していないし、まず彼女に前者しかないのは確実だ。ぽんぽんと続くメッセージを見ながら思わずため息をついてしまった。
「お姉さんですか?」
「なんか相当暇してるみたいだ」
「きっと待ち遠しいんですよ」
「もう面倒くさい」
止まない通知に返信するのが嫌になり震えていた携帯電話をサイレントモードにした。そしてそれをポケットに突っ込むと隣で優哉は微笑ましそうに目を細める。なんとなくむず痒い気持ちになって口を引き結んだら、そっと頭を撫でられた。
その優しい感触にすぐになだめすかされる。こうやって触れられると大抵のことはまあいいか、と言う気持ちになってしまう。柔らかくて温かい彼のぬくもりはやはり特別だ。
「優哉、もしかしていまになって眠くなってきた?」
「ん、そうかもしれません」
再び電車に乗ると、しばらくして優哉の返事が遅くなってきた。隣を見ると重たげなまぶたを瞬かせている。子供みたいなその仕草が可愛くて、笑ったら少しふくれっ面になった。
「いいよ、着くまで寝てて。まだ先は長いし」
「すみません。肩、借りていいですか」
「……うん、いいよ。着いたら起こすから」
そっと寄りかかる重みに口元が緩む。さらりと揺れた黒髪がかすかに頬にこぼれて、長いまつげが影を落とす。電車の揺れる振動で彼が眠りに落ちるのは早かった。肩先の温かさにふいに記憶が巻き戻る。
二人で行った動物園。その行きのバスでもこうして肩に掛かる重みを感じた。その頃と変わらないぬくもりがひどく愛おしい。ひと気が少なくなったのを見計らってそっと手を握ると、その手は自然と握り返してきた。
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