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長いあいだ長女夫婦に子供がいなかったのは、僕のせいではないかと思う。それを考えるとひどく胸が痛くなるのだが、そうやって僕が俯くことは誰も望んでいない。
「優哉がいつか結婚式を挙げようって」
「へぇ、言うじゃない。楽しみにしてる」
「……うん、僕も楽しみだ」
「あんたはそうやって笑ってなさいよ。それだけでみんな幸せになるから」
「なんでかみんなそう言うんだけど。そこまで僕は不幸のどん底だったってことかな?」
「どん底もどん底だったじゃない。でもいいのよ。人間落ちたらあとは上がるだけ」
首を傾げた僕に佳奈姉はあっけらかんと笑った。その笑顔につられて笑えば、満足そうに目を細めて姉はドーナツにかぶりつく。みんなが僕にそう思うように、僕もみんなが笑っていれば幸せだと思う。
「さっちゃ」
「ん? 蓮、どうした」
「あげる。さっちゃとゆうにゃ」
「ああ、蓮はお絵描き上手だな。ありがとう」
トコトコと近寄ってきた蓮は得意気に画用紙を差し出してくる。クレヨンで描いた似顔絵はぐりぐりと色を重ねただけのものだけれど、一生懸命に描いたその気持ちが嬉しくなる。にっこりと笑みを浮かべる蓮を膝の上に載せると、あれこれ指さして説明してくれた。
「かなちゃとみーちゃ」
「えー、なに、あたしの分もあるの?」
「うん」
重なったもう一枚の画用紙を差し出されて佳奈姉も嬉しそうに頬を緩める。頭をくしゃくしゃと撫でられた蓮はきゃっきゃと声を上げて笑った。たくさんある画用紙にはほかにも母やアレク、詩織姉や保さんもいる。
それを見ていると家族がたくさんいるのはいいことだなと思う。ふと視線を持ち上げればこちらを見ていた眼差しが優しく細められた。いまこうして彼と家族と一緒にいられることがたまらなく幸福だと感じた。
「あら、お姫様が起きた」
「おむつかもしれないですね」
「泣き声でわかるとはイクメンの素質ありね」
静かだったリビングに佳奈姉の愛娘、美佳の泣き声が響く。立ち上がった優哉がベビーベッドに近づくと、ジタバタとしながら小さな手を伸ばした。それに笑みをこぼして抱き上げれば、怪獣のような鳴き声が小さくなる。
「ちょっとうちの娘、あんたの旦那に慣れて面食いになりそう」
「赤ちゃんの頃におむつ変えてもらってたよ、なんて言ったら、思春期に恥ずかしがりそうだな」
「あり得そうで怖いわ」
手慣れた様子で汚れたおむつを替えていく優哉に、姪っ子は可愛い笑顔を浮かべて紅葉みたいな手をぶんぶんと振る。ベッドに戻そうとするとむずがるようにいやいやして、結局は彼の腕に収まった。
将来がほんとに末恐ろしい。姪っ子と恋人を取り合うのはちょっと勘弁だ。思わず眉間に力が入ったら、それに気づいた優哉が口の端を持ち上げて笑う。
「二十四歳差、ない展開じゃないわね」
「ちょっと佳奈姉! ない! ないから!」
「えー、うちの子の恋愛は寛容でいたいわ」
「やめろ、ほんとに! いくら可愛い姪っ子でも優哉はやれない!」
「大きくなったらいい女になると思うんだけど」
父親譲りのブロンドに青い瞳は確かに魅力的だ。大人になって多少髪や瞳の色が変わることはあるかもしれないが、ハーフというのはどちらに似てもエキゾチックな雰囲気が残る。佳奈姉も顔立ちは悪くないし、アレクも優しい顔をしている。
しかしだからと言ってここで頷きようがない。ますます眉間に力が入って口がひん曲がってしまう。
「すみません。残念ですが、俺は女性は駄目なので」
「あー、そっか、そうだった。ざんねーん!」
見かねたように言葉を挟んだ優哉の瞳には愉悦の色が見える。おそらく僕の反応を楽しんでいたのだろう。気持ちを見透かすように面白がっていたのはちょっと腹が立つけれど、ちゃんと言葉にしてくれたのは嬉しかった。
「さっちゃ、ゆうにゃ、すき?」
「え? あー、……うん。好きだよ。大好き」
「れんも、さっちゃ、すき!」
「ほんとに? そっか、ありがとう。僕も蓮が好きだよ」
小さく首を傾げた蓮は僕の言葉にぱっと明るい笑みを浮かべる。そして僕が小さな頭に頬をすり寄せると振り返り両手を伸ばしてきた。それを受け止めればぎゅっと首元に抱きつかれる。
「優哉くん、顔、顔!」
小さな身体を抱きしめると佳奈姉がおかしそうに笑い声を上げた。視線の先にはふて腐れたような顔があって、僕もこらえきれずに笑ってしまった。してやったり、ちょっと気分が良くなった。
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