明日の空に射す光

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 夕飯は母がはりきって作った豪華なおせちを食べてみんなで賑やかに過ごした。こうして家族が集まる空気はいいなと思っていたら、優哉の横顔もそれを感じさせるものだった。向こうにいた時は時雨さんや祖父母と一緒に食事をすることが多かったと聞いている。  きっと毎日が楽しかっただろう。家族と食卓を囲むこと、笑い合うこと、それは彼がようやく手に入れたものだ。二人でのんびり過ごす時間も大切だが、こういう時間ももっと作ってきたい。  たくさん笑って欲しいと思う。たくさん幸せだなって思ってくれたら嬉しい。僕の幸せは優哉がいてこそだ。 「さっちゃん、優哉くん、お風呂空いたから入っていらっしゃい」 「え、また時短?」  夕食を終えてのんびりテレビを見ていると、パタパタとスリッパの音を響かせて母がやってくる。保さんと蓮、そのあと詩織姉がお風呂に入ったので順番が回ってきたようだ。しかし僕が首を傾げると母は小さく笑う。 「別々でもいいわよ」 「えー、佐樹は長風呂だから一緒に入りなさいよ。後ろが詰まる。嫌なら一番あと」 「……うっ、わかったよ。優哉、行こう」  こう人が多いと色んなところが渋滞するのは仕方ない。佳奈姉の声に渋々立ち上がると隣にいた優哉の袖を引く。それに顔を上げた彼は目を細めてなにか言いたげに笑った。これはうろたえた僕をからかっている。  しかしムッと口を引き結んだら立ち上がってさりげなく手を握られた。その瞬間、残念なほどに僕の顔は緩む。母には微笑ましそうに見られて、姉には生暖かい眼差しを向けられて、いたたまれなくなって足早にリビングを出た。 「ゆっくり風呂に入れなくてごめんな」 「いいですよ。佐樹さんと一緒にのんびり入るのは好きです」 「うん、まあ、僕も嫌いじゃない」  自宅でも優哉が休みで家にいる時などは一緒に入ることがある。僕の長湯に最後まで付き合ってくれることが多く、ちょっと申し訳ないなと思いながらも会話するきっかけになるのでその時間は楽しい。  普段は二人っきりだからちょっと羽目を外すこともあるのだが、今日は実家なのでそれはお預け――なはずだった。 「ちょっと、待った。優哉、くすぐったい」 「やっと抱きしめられた。ずっと我慢してました」  一緒に湯船に入った途端に後ろから抱き寄せられる。頬をすり寄せてくる優哉の髪の毛が首筋にかかってむず痒い。さらに時折唇で触れてくるから肩まで跳ね上がる。熱めのお湯でのぼせる前に恥ずかしさでのぼせそうだ。 「子供にヤキモチを妬くとは思いませんでした」 「それは僕の台詞だ」 「たぶんこれからも妬くと思います」  はあ、と深いため息をつく優哉の様子に後ろを振り返れば、視線がぶつかってふいにそれが近づく。慌てて顔を背けようとしたけれど彼のほうが早かった。頬に手が触れて引き寄せられて、唇に熱が触れる。  ついばむように口づけられていたかと思えば、今度は息を絡め取るみたいに深くなった。その感触に身体は逃げ出そうと力が入るが、肩を抱き寄せられて身動きが取れない。 「……んっ」  とっさに僕を抱きしめている腕に縋りつくと、頬に触れていた手が髪を梳く。すると何度も重なり合う熱を帯びた唇が、無意識に請うように開かれてしまう。滑り込んだものに口の中を優しく撫でられて、滴る唾液を飲み込めば身体が火照る。 「ゆ、うや、駄目だ。変な気分になる」 「可愛い」 「だから、駄目だってば」  うなじに口づけられて、噛みつくようにやんわりと歯を立てられると肌がざわめく。さすがにこのままではいられないと腕を解いて身体を離せば、ゆるりと目を細められた。期待してしまう自分を見透かされるようで、自然と目線が落ちる。  静かな空間と広がる沈黙に落ち着かなくなって、僕は彼に向かい合いながら膝を抱えた。 「駄目だ」 「もう一回、もう一回だけキスさせて」  手を伸ばされて頬を撫でるように触れられると肩が震える。ドキドキと早まる鼓動がうるさい。まっすぐな視線を感じて顔を持ち上げれば、嬉しそうに微笑む、それだけで意地悪な恋人を許したくなった。  瞳を見つめ返すとそれを返事と受け取ったのか、優哉はゆっくりと近づいてくる。滑り落ちた指先が顎を掬い、やんわりと唇がまた触れた。文句を言うけれど、彼とキスをするのは好きだ。  砂糖菓子を舐めるみたいに甘くて、胸が高鳴ってとても幸せを感じる。
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