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「怒ってますか?」
「……怒っては、ない」
本当ならそのまま身を任せたいくらいだけれど、以前の失敗がある。優哉に内緒にしたままだが、また家族にとんでもない現場を知られるわけにはいかない。しかしそれを思うとちょっともどかしくもある。
今夜は彼の布団に潜り込んだら僕のほうが怒られそうだ。我慢させてるのに勝手をするわけにはいかないよな。
「佐樹さん、こっち来て」
「うん」
怒ってはいないけれど困ってはいた。それなのに両手を広げられると簡単に誘われてしまう自分の意志の弱さが情けない。それでも抱きしめられると嬉しくなる。基本的に単純なんだ僕は、優哉に関して。
彼が寂しげな顔をするとめっぽう弱いし、笑っている顔を見たくなってしまう。
「実家に帰ってくるのも楽しいけど、早く二人っきりにもなりたい」
もっと家族との時間を作ってあげなければと思っていたのに、やっぱり僕は我がままだな。けれどこうやって優哉を甘やかして、自分も甘やかして、二人だけの時間にいると気持ちが落ち着く。
「家族団らんもたまにはいいですけど、やっぱり佐樹さんを独り占めしたくなりますね」
「今日は、一緒に寝てって言ったら怒るか?」
「いえ、喜んで」
「前はあんなに嫌がってたのにな」
「俺の理性もだいぶ強くなりました」
にっこりと笑ったその顔に思わず吹き出したら、同じように声を上げて笑う。その空気がなんだか心地よくて、ああ、好きだなぁって改めて実感する。腕を伸ばして抱きついたら目いっぱい抱きしめられた。
二人で過ごす時間がなによりも愛おしい。二人で笑い合う瞬間が輝いていくみたいな気になる。こうやってまた二人で新年を迎えられて良かった。
「来年は実家に顔出したあと温泉とかもいいな。一泊二日くらいなら行けそうじゃないか?」
「いいですね。旅行なんて冬の休みくらいしか行けないですしね」
「うん、幸いなことに冬休みは長いし」
「じゃあ、温泉リベンジですね」
「あ、うん。だな」
昔のことをこうやって笑い話にできるいまは、きっとこれまで以上に楽しい日が待っているだろうと思う。だからたくさんの失敗は新しい思い出で塗り替えていきたい。そして彼がもう離れてしまわないように、繋ぎ止めておきたい。
そんなこと考えていることを知ったら驚くかな。いつも優哉は自分のほうが独占欲が強いみたいに言うけれど、僕のほうだって大概なんだ。もう掴まえたから絶対に離してあげられない。
「あ、一晩降るかと思ったら晴れたな」
「ほんとですね、空が綺麗だ」
お風呂から上がると降り続いていた雪が止んで綺麗な月が浮かんでいた。部屋から望む景色は見慣れたものだが、ふいに二人で見上げた花火を思い出す。色鮮やかな花を見上げながら、あの日は傷ついていた彼の心を憂いた。
「優哉、いまは幸せか?」
「え?」
窓の外を見上げていた横顔が不思議そうな表情を浮かべて振り返る。けれど僕の問いかけを飲み込むと、少し困ったように笑ってから優しく微笑む。伸ばされた指先で前髪を掬われて、額に唇が触れた。
月明かりが注ぐ中では誓いのキスみたいな恭しいそれが、彼の気持ちを表しているように感じる。
「幸せだよ。俺はこれまでの人生の中で、いまが一番幸せだ。佐樹さんは? いまは幸せですか?」
「……うん、幸せだよ。お前がいてくれるいまが、なによりも」
「良かった。嬉しいです」
「うん、良かった。お前が帰ってきてくれて、傍にいてくれて良かった。これからの時間、もっと大事にするから」
そっと持ち上げた左手――いつも彼がしてくれるみたいにそっと指先に口づけると、瞳を揺らめかせながら笑うから愛おしさばかりが膨れ上がる。こうして何度も愛を囁きながら、誓い合いながら、飽きることなく僕らは想いを募らせるのだろう。
「あ、優哉! 見ろよ、流れ星だ。願い事はなににする?」
「佐樹さんの心が、一生離れませんように、かな」
「それはなかなか重いな」
「だってもう離れられないです。一分一秒先のあなたも手放せない」
「うん、僕もだ。奇遇だな」
流れ落ちる光に願いを込める。お互いの大きすぎる気持ちに顔を見合わせて笑い合いながら、指で煌めく指輪を撫でて明日を願う。繋いだ手がもう二度離れませんように、これからの毎日に幸せが溢れますように。
明日の空に射す光/end
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