その愛、温めますか?

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 朝に起きた際に乱れていたベッドは綺麗に整えられていて、クローゼットを開けば洗濯物も片付けられている。朝から晩まで家のことや仕事、僕の世話までと抜かりがなさ過ぎる。  もう少し楽をさせてやる方法はないものだろうか。普段彼が店で仕事をしているあいだは洗濯や掃除くらいは僕もするけれど、朝昼晩と食事は優哉が用意してくれている。  朝の食事くらい自分でと思うのだが、弁当を作るついでだからと笑みでスルーされたことがあった。弁当をやめて学食に切り替えればと考えもするが、僕に食事を作るのは楽しみだからと言われると言葉が出ない。 「僕にできることなんてたかがしれてる、けど。なにかないかなぁ」  しかしいま以上にしてあげられることが見当たらない。甘やかしてあげることくらいかな。ああ、あとはよくねだられる夜の――。 「今日はしょうが焼きか」 「はい」  ほんのり香ってきた生姜の香りが食欲を誘う。夕食はいつもリビングのテーブルで取るので、茶碗にご飯をよそったりできた品を運んだり。  今日はしょうが焼きにポテトサラダ、目玉焼きと豆腐と油揚げのお味噌汁だ。それらがすべてテーブルに載る頃にようやく優哉も腰を下ろした。ダイニングテーブルがないので床に座布団を敷いて座る。  そろそろ本当にこたつが欲しいと言ったのだけれど、絶対にそこで寝るから駄目だと言われた。こういうところだけは厳しいんだ。 「いただきます! ……、ん?」  まずは味噌汁と椀を持ち上げたが口に含んで一瞬首を傾げてしまう。わりと僕は薄味を好むからそれに合わせてくれているのだが、いつもよりちょっと味が濃い。  まあ、しかしそれほど大きく違うこともないので気にせず次へ。今度はポテトサラダを摘まんだ。 「んん?」  味はいつもと変わりないけれど、茹でが足りないのかちょっとジャガイモに芯が残っている。一つ二つと違和感を覚えて、もしかしてとしょうが焼きを噛んだら、固くはない、けど。  しょっぱい。これ砂糖じゃなくて塩を入れてないか? 塩分がやばい。 「なあ、優哉」  これだけ僕が違和感を覚えているのだから本人も気づくだろう、と思ったが、表情一つ変えずに食べている。そしておもむろに目玉焼きにソースをかけた。  それは別段珍しいことではないかもしれないけれど、優哉は目玉焼きには醤油派だ。それに驚いて固まっていたら、今度は胡椒を手にしてその蓋を――根元から開けた。 「ちょっと待て!」  それを逆さに振ったら目玉焼きは胡椒の山だ。慌てて大声を出して止めたらきょとんとした顔で見つめられる。そこでさらになにかがおかしいと気づく。じっと目の前の顔を凝視すると、いつもより少し瞳が潤んで見えた。  顔色はいつもいいわけではないけれど、普段より青白いようにも見える。 「優哉、お前、もしかして熱ないか?」 「えっ?」 「ああっ、駄目だ、まったく自覚ない。熱、熱を測れ!」  箸を置いて勢いよく立ち上がると僕はリビングの薬箱を開けた。そして体温計を掴むとそれを優哉に突きつける。しかし状況を理解していないような顔で見上げられた。  仕方なしに手を掴んで体温計を握らせる。そうしたら触れた手が火照っているかのように熱かった。 「いいから測れ! 絶対に熱があるぞ、お前!」  僕の剣幕に目を瞬かせるけれど、さすがに言うことを聞かないといけないと思ったのか大人しく体温計を脇に挟む。そして待つこと一分半。ピピッと鳴ったそれを受け取って愕然とした。 「馬鹿! お前こんなに熱あるのに気づかないとかっ、ほんと馬鹿!」  三十九度四分――普通の人だったら具合悪くて動けなくなるくらいの高熱だ。それに気づかないとかどれほど感度が悪いのか。通りで味覚もおかしくなるわけだ。  いつから熱が出ていたんだろう。そう言えば、朝にゴミの日を間違えてたな。ってことは朝起きた時から熱があったってことか。それなのに一日まったく気づかず動くなんて、鈍いにもほどがある。 「食欲もないんだろ? とりあえず今日は寝ろ」 「風邪、ですかね?」 「疑問形にするな。風邪だよ風邪! って言うか高熱だしインフルエンザとかじゃないだろうな。明日は絶対に病院な」 「……そう言われると具合悪い気がしてきます。寒気が、するような」 「寒気がして当然だ。ほら、寝るぞ」  いつもよりぽやんとしたその様子にため息が出る。しかしこちらも調子を崩しているのに気づかなかったのが悪い。急に動きの鈍くなった優哉を早々に布団に押し込むことにした。
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