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「あ、インフルエンザじゃなかったんだな」
病院へ行ってきたこととご飯を食べたことを証明するように、薬袋と空の器が写された写真が添付されている。少し喉が痛いようで寝室に加湿器を持ち込んだみたいだ。
リビングで使っている空気清浄機付きの加湿器は一台だし、寝室用に改めて買うのもありかもしれない。冬は寝ているあいだ乾燥するからと母によく言われていた気がする。
休みの日に電気屋へ寄ってみてこよう。ほかになにか必要なものはあるだろうか。今度優哉にも聞いておくか。
少しのあいだメッセージをやり取りしていたけれどぷつりと途切れたので、おそらく眠ったのだろう。しかしちゃんと布団は被っているのか、枕は取り替えたのか、など色々と気になって仕方がない。
結婚していた頃は相手が熱を出して寝込むこともあったが、彼女の母親が心配性だから飛んでくるような人で、それほど気を揉みはしなかった。けれどいまは優哉を部屋に一人置いておくのは心配だ。
今日は残業せずにまっすぐ帰ろう、そんなことを思いながら一日を過ごした。
それから夕方になっても特に連絡はなく、まだ眠っているのかもしれないと思ったがそそくさと帰り支度をした。しかし早い帰りにも周りは気にする様子もなく、それどころか「同居人さん風邪なんですってね」と心配までされてしまう。
お喋りな峰岸の顔が頭に浮かんだが、みんな好意的なので考えるのをやめた。同居人が恋人であるのはほぼ知られているし、一部の人はそれが同性であるとも知っている。
それでもなにも言うことなく受け入れて貰えているのはありがたいことだ。
「えーっと、なにがどこにあるんだろう」
なるべく静かにそろりと帰宅すると真っ先にキッチンへ向かった。峰岸に言われた通りのものを買っては来たが、まともにキッチンに立つことがないのでまず迷う。
普段は食事のすべてを任せきりだから冷蔵庫の中身も調味料、調理器具に至るまでなにがあるかわからない。こういう時になにも知らないのは不便だなと思う。もう少しこういう部分も自分で踏み込むべきかな。
物音をあまり立てないようにあちこちの扉を開けて目的のものを探す。優哉がここで暮らすようになってもう五ヶ月ほどか。随分とものが増えていた。お菓子もよく作るからその型も色々ある。
使いやすいようにしてくれと言ったからそれは気にしないのだが、それらを見るとこの部屋に彼が根付いてきていることを感じて妙に嬉しくなった。
「あったあった。一人用の土鍋」
ようやく戸棚の上のほうから探し当てたものをガス台の上に置く。そして鍋に水と醤油、ご飯を入れて煮立たせる。豆腐は適当にスプーンで掬って入れて、温まるまで火にかける。二、三分くらい。
そうしたら溶いた卵を回し入れて、しらすを散らす。程よく卵が固まったら梅干しと鰹節を添えて出来上がりだ。
そのあいだにもう一つの鍋で卵酒も作った。日本酒はアルコールを軽く飛ばして、砂糖を混ぜた卵液に少しずつ固まらないように混ぜ合わせる。少し湯煎にかけてとろみをつけたらこちらも出来上がり。
「よしよし、思ったより簡単だ」
卵酒の味を見たかったけれど、アルコールを完全に飛ばしていないからそれはやめておいた。ここで酔っ払ったら元も子もない。
「優哉、まだ寝てる?」
「……あ、佐樹さん、帰ってたんですね」
「うん、熱は?」
「だいぶ下がりました。八度四分くらい」
「まだ結構高いな。ご飯食べたらもう一寝入りしろよ」
寝室へ行ったら起きていたようで携帯電話をいじっていた。きっと仕事関係だろう。一緒に店で働いているエリオや日笠さんには申し訳ないが、この調子だとあと一日二日は休ませないと。
「あれ、もしかして佐樹さんが作ってくれたんですか?」
「大層なものじゃないけどな。峰岸が作り方教えてくれた」
「嬉しいです。佐樹さんが作ったもの食べられるのは。あ、卵酒、いいですね」
「温まるだろ」
そこまで食欲があるとは思えなかったので量は少なめにしたけれど、出した雑炊は綺麗に食べた。美味しいと何度も言ってくれて、それだけのことなのにくすぐったくなる。
早く良くなって、またいつもみたいに抱きしめたいな。風邪が移るからってあまり近づかせてくれないんだよな。弱っている彼を甲斐甲斐しく世話してやりたい気持ちと、甘えたい気持ちが少しばかり衝突した。
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