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ベタベタしたい甘えたい、そんなことを思うけれどいまみたいな状況は貴重だ。自分が色々してあげないとって気にさせられる。これまでここまで高熱は出したことがないらしく、節々の痛みと寒気が辛いとこぼしていた。
弱っている優哉はいつもより小さく見えてますます守ってあげたい気持ちが膨らむ。けれど明日のご飯はどうしようかなんて考えながら眠りについて、ふっと目が覚めたらアラームが鳴っていた。
慌てて飛び起きて目覚まし時計を掴んだらいつもと変わらない時間。しかし今日は少し早めに起きて朝ご飯を作ってやろうと思っていたから寝坊だ。目覚まし時計、時間を調整し忘れたんだ。
「優哉、起こしてないか、な……って、あれ? いない」
目覚ましの音がうるさかったのではないかと隣のベッドを見ると、掛け布団がめくれ上がっていて、空だ。しばし考えがまとまらなくて固まってしまったが、我に返ると慌ててベッドから飛び降りる。
勢いよく寝室の戸を開くとキッチンに立つ人の姿。
「優哉!」
「あ、佐樹さんおはよう」
「お前、起きて大丈夫なのか?」
「ああ、ちょっと喉が渇いちゃって」
ちょっとばかり前のめりな僕の反応に苦笑いをする優哉は寝巻きに厚手のカーディガンを羽織っている。少しは身体を気遣っているのかと安堵した。ゆっくりと近づいていくと小さく首を傾げられた。
真正面に立ちまっすぐに顔を見つめれば、やんわりと笑う。顔色は昨日までみたいに真っ白とか真っ青というほどではない。
「熱は? 身体、もう辛くないのか?」
「さっき測ったら七度九分くらいでした。だいぶ風邪薬が効いてるみたいです」
「そっか、とりあえず今日一日はまだ大人しくしていろよ」
「はい」
「なに笑ってんの?」
良くなってきた途端に無理をしそうな優哉に釘を刺したら、やけににこにことした笑みを浮かべる。その顔を訝しげに見ればますます笑みが深くなった。しかしその表情の意味がわからない僕は首を傾げるばかりだ。
「なんだか具合悪い時にこうして人が傍にいてくれるって良いなって思ったんです」
「え?」
「昔は家に一人でいることがほとんどだったから、こうして熱を出した時に傍にいてくれる人あまりいなかったんです」
「……そっか」
子供の頃から親があまり家にいなかったから、具合が悪くても我慢しているしかなかったのだろう。きっと近くにいた三島や片平、その親たちが面倒を見てくれていただろうけれど、結局は彼らも自分の家へ帰ってしまう。
自分のためだけに傍にいてくれる、そんな人たちがいなかったんだ。そう思うと寂しい子供時代だ。大人になれば多少は一人でもなんとかなるが、幼い頃は心細かったことだろう。
「向こうにいたあいだは風邪なんて全然引かなかったし、佐樹さんが傍にいてちょっと気が抜けてしまったのかもしれないですね」
「根を詰めすぎてて風邪を引く余裕がなかったんだよ、きっと」
新しい場所で新しい家族と過ごし、慣れない環境で仕事をして気を抜く暇もなかったのだろうな。充実していたし楽しかったと言っていたから、悪いことではなかったとは思うけれど。
そうか、でも――ここにいるいまが肩の力が抜けるくらい気を許してくれていると思うと嬉しい。僕に寄りかかってくれている、それを感じるだけで胸が震える思いがする。
「そうだ。優哉、お腹は?」
「あー、ちょっと空いてるかもしれません」
「じゃあ、煮込みうどん作ってやる」
「……なんだか至れり尽くせりで幸せです。たまに風邪を引くのもいいですね」
「あのなぁ、風邪は滅多に引かなくていいよ。でももっと甘えていいよ。僕だってお前に色々してやりたいし」
「えっ?」
驚いて目を瞬かせた優哉に今度は僕のほうが苦笑いが浮かぶ。持ちつ持たれつ、少しでも寄りかかって貰えるようにしたいんだって、言葉で伝えなきゃ駄目かな。離れていたあいだ分だけ向こうもたくさん僕にしてあげたいことがあるんだと思う。
だけどその気持ちは僕も一緒なんだぞ、ってことは忘れて欲しくない。
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