その愛、温めますか?

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「うどんの具はどうしようかな。あ、昨日晩ご飯で使った豚肉がある。あとは大根おろしと長ネギと卵、だな」  煮込みうどんはめんつゆの中にうどんと具材を投入するだけなので僕でも簡単に作れる。昨日出した土鍋でぐつぐつと煮てうどんがくったりしたら出来上がりだ。  キッチンに立っているあいだ、優哉は身体が楽なのもあってかカウンターから僕を眺めていた。もちろん冷えるといけないから膝掛けはさせたけれど。出来上がったものを運べば嬉しそうに顔がほころぶ。  それを見ているだけで僕まで笑みが移る。 「佐樹さんはそれだけ?」 「うん、十分だろう?」  コーヒーにトーストにハムエッグ、とちぎったレタスがちょっぴり。昨日もそんなものだった。けれど少しばかり優哉の顔がしかめられる。まあ確かに、彼が朝ご飯を作ってくれる時にはオムレツだったり作りたてウィンナーだったり、サラダもしっかりしたのが出てくる。 「大丈夫だよ。お前がいない朝はずっとこれくらいだったし」 「やっぱり風邪は引いていられませんね。佐樹さんにご飯を食べさせないと気が済まない」 「なんだそれ」  急に真面目な顔をしてなにを言い出すかと思えば、ひどくくだらないことでつい笑ってしまった。いやしかしこれは彼にとってはくだらなくはないんだよな。作ったご飯を食べてもらうことが嬉しいんだ、なんて前に言っていた。  自分の手で作ったものを喜んで食べてくれる、それで幸せになってくれる。そうすると自分の存在がここにあることを認識できるんだって。  優哉らしい考え方だ。でもそれは少し寂しくもある。お前がここにいる、その証明はそれだけじゃないんだって、知って欲しくもなる。もちろんそれが心の支えになることは良いことだと思っているけれど。 「元気になったらまたご飯を作ってくれ。でもいまはしっかり直すことに専念しろよ」 「でも昨日は丸一日寝ていたし、そろそろ寝るのも疲れてきました」 「風邪の治りかけに無理するとぶり返すぞ。ちゃんと身体が冷えないようにしているならずっと寝ていろとは言わないけど」  ダルいのが抜けると病人って言う感覚が薄くなるんだよな。熱は七度台に下がってきているからもうそんなに心配はいらないかもしれないが、まだ高めの微熱だ。もうちょっと横になっていて欲しい気持ちはある。  とは言えこの仕事人間をずっとベッドに縛り付けておくのは無理があるだろう。まるでマグロなどの回遊魚のようだ。ほんとなにもせず黙っているのが苦手なんだよな。 「薬、飲んで」 「はい」 「もう少し熱が下がると良いな」 「俺としては全然平気なんですけど」 「……それはさ、いままで熱が出てても気づいてなかったってことだろ。変な耐性をつけるなよ。おかしいと思ったらまず疑え」  まったく優哉のズレまくった感覚神経は心配だな。これから先はもう少し注意深く観察しよう。四十度近い熱を出しておきながら自覚ないとか麻痺し過ぎだろう。でも具合が悪くてもそう言えずに我慢していたことが、もし原因だとしたらなかなか根深いな。  優哉が伸び伸びと自由に生きられるようになるのはこれからなのかもしれない。向こうにいたあいだも十分に生き生きしているように見えたけれど、身体のスイッチを全部オフにして、心もなにもかも解きほぐすのは少し時間がかかるのだろう。  僕としては全力で我がまま言われたって可愛いって思える自信があるんだけど。 「優哉、昼ご飯はどうする?」 「そうですね。自分で適当に食べます。動くのはもう辛くないので」 「何度も念を押すようだけど、無理するなよ。ちょっとでもダルかったら寝ろ」 「はい、気をつけます」 「うん、じゃあ行ってくるな。なるべく早く帰るから。んー、夜ご飯は食欲あるようなら鍋にするか」  我ながら切ってちぎって煮るしかできないのが残念だが、それでも食べやすくて簡単で美味しいのが一番だ。しかし優哉ならだしから作ってくれるけれど、僕の鍋の味付けはレトルトである。  病み上がりだから辛いのは駄目だな。なに鍋にしよう。 「佐樹さん、いってらっしゃい」 「うん」  いつもだったらキスしてくれるのだが、風邪引きなのでやっぱり一定以上近づいてこない。それでも優しく手を握ってくれて、気持ちがぐんと上昇した。
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