その愛、温めますか?

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「あ、お腹が減りました」 「お前のは減ってたのに忘れてた、のほうが正しい」 「そうかもしれません」  少し照れたように笑う顔が可愛くて思わずにやけてしまう。それを見て不思議そうに目を瞬かせるものだから、ますますニヤニヤした。 「ほらほら、飯だ、飯」  優哉がテーブルで作業していたのですぐに食べられるよう鍋に火は入れてある。IHヒーターの上に大きな土鍋を置いて、蓋を開けたら感嘆の声が上がった。それとともに眼鏡が曇って、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。 「この鍋の素、美味しいですね」 「うん、だな。鶏だしなんだけど新発売らしくて買ってみた」 「ちょっと生姜も利いていてなかなかいいです」  なにか考えごとをしながら食べているのがわかる。多分味を見て次に作る時に真似できないかなって考えているのだろう。舌が正確だからわりと一回食べるとなんでも再現してしまえるところがあるんだよな。  その精度の高い味覚が壊れたんだから風邪って怖いな。 「そうだ、明日から店を開けます」 「あー、やっぱり。もう一日くらいゆっくりしていてもいいのに」 「いえ、さすがにこれ以上家に篭もっていたら身体を持て余します」 「優哉のそれ、ワーカホリックってやつだぞ。仕事してないと落ち着かないんだろう。まったく、大抵の人は休みの日をいまかいまかと待ちわびてるって言うのに」  あれかな、仕事していないと落ち着かないと言うよりも、仕事をする以外にすることがわからないのかもしれない。趣味――まだ見つかっていないのかな。なにかほかに興味が持てるものができたら良いのに。 「はあ、お腹いっぱいだ」  あれこれと話をしながら鍋を二人で平らげて、僕はパウンドケーキを二切れ食べた。鍋で身体が温まっているし、もうこのまま横になりたいような気分になる。つい背後のソファにもたれかかってしまった。 「佐樹さん、こっち来て」 「ん? どうした急にマスクして」 「そろそろ充電が切れそうになってきました」  だらけている僕をじっと見つめる優哉は床を叩いてこちらを促す。それに一瞬首を傾げかけたけれど、充電、その意味に気づき口元を緩めた。そして四つん這いでそろそろと傍に寄って、彼の隣に腰を下ろす。  肩が触れるほどぴったりと寄り添えば、両手が伸びてきて抱きすくめられた。それは二日ぶりくらいの抱擁。 「佐樹さんにご飯を食べさせられないのももどかしいですけど。それ以前に抱きしめられないのが一番キツかったかもしれないです」 「うん、僕も、お前が近づかせてくれないから寂しかった」 「だけど今回は佐樹さんの献身的な看病で癒やされました。おかげで寒気も和らぐみたいな」 「そんな効能、僕にはないぞ」 「佐樹さんの愛情で温まった感じです」  ぎゅっと抱きしめられて体温を感じる。それだけのことで胸が温かくなる。これが優哉の言う愛情で温まるってことなのだろうか。腕を伸ばして背中を抱きしめ返したら、頬ずりされてくすぐったさに笑ってしまう。 「今度から温まりたい時は遠慮なく言ってくれ」 「なんだかそれ、ちょっとコンビニみたいですね」 「その愛は温めますか? みたいな」 「さしずめ俺は弁当ですかね」  くだらない冗談に二人で笑い合う、その空気が優しい。肩口にすり寄って触れていることを確かめる。ほんとはキスして欲しいけれど、これは完治するまでお預けにされそうだ。  けれど視線を持ち上げて秀麗な顔を見上げれば、やんわりと目が細められて額に唇を寄せられた。マスク越しで感触もなにもないが、察してくれたことが嬉しくてさらに強く抱きしめた。 「キスはあと三日くらいはお預けかな」 「とりあえず薬を飲みきるまでですね」 「うん、僕も風邪を引いている場合じゃないしな」 「でもハグだけは解禁で」 「マスク付き?」 「はい」  真面目な目をして頷くその反応にまた笑ってしまった。だけど大事にされていると思えばそのくらいはなんてことない。同じ家の中にいるのにまったく触れられないよりマシだ。  早く完治してハグしてキスして、その先もねだられたらちょっとは許しても良いかもしれない。気遣いと優しさ――少しは僕にも身についただろうか。 その愛、温めますか?/end
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