贈り物

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「最近は予約が増えてきたって聞いたぞ」  先日来た時に日笠さんが嬉しそうに話してくれた。いつ来ても程よく客が入っているし、だいぶ常連客も増えて店の営業はかなり順調のようだ。 「ええ、昼間も回転がよくて助かってるんですけど、夜の予約が結構増えてきました」 「ディナーの時間帯は単価も高くなるし、売り上げにもいい影響が出てるんじゃないか」 「そうですね。みんなにお給料も出さないといけないので頑張ります」  少人数精鋭。三人で店を回しているので大変なことも多いだろう。店は毎週水曜日の週一の休みだ。第二火曜日も休みの予定だけれど、特別なイベントごとや予約が入れば店を開けることもある。そして日笠さんは毎週二回の休みだから、週に一度はエリオと二人で回すことになるのだ。  エリオは普段ピザを焼いたり優哉の補助をしたりしているが、その時ばかりはホールと厨房を行ったり来たりするらしい。エリオが忙しい時には優哉も外に出て行くこともある。 「あれ? そういやもうランチは終わり?」 「ラストオーダーの時間が過ぎたので終わりです」  ふと腕時計に視線を落とすと十四時半を過ぎていた。この店は十五時から十七時までアイドルタイムがある。なのでこの時間にはラストオーダーとなるのだ。店をクローズしているあいだは休憩をして食事をとり、そのあとは夜の仕込みに取りかかる。 「そういえば、さっきまでなにしていたんですか?」 「え、あ、うん。調べ物」 「そうですか。珍しく熱中してるからなにかと思った」  こちら側から厨房がよく見えるということは、厨房側からもこちらがよく見えるということだ。僕が携帯電話にかじり付くように見入っていたのを、遠くから気にしていたのか。しかしここでネタをバラすわけにはいかない。できれば当日まで内緒にしておきたい。 「ごちそうさま。今日はそろそろ帰るよ」 「え? もう帰るんですか?」 「うん、帰ってやることがあるから」  すごく残念そうな顔をされてしまったが、早く家に帰って試してみたくなった。優哉が家にいるあいだはできないし、帰ってくる前に片付けなくてはいけない。  そう考えると週末の休みに作業するのが一番いいだろう。当日まではあと二週間と少しあるから、早く帰宅した平日と合わせて練習することにしよう。  慌ただしく会計を済ませると、寂しそうな顔をする優哉を抱きしめてから店をあとにした。そしてのんびり駅までの道を歩きながら、これからすることにワクワクと胸を躍らせる。 「砂糖は家にあるのを使えばいいよな。卵はもう少しで切れそうだから買ってもいいかな。あとは小麦粉とバターを買えばいいか」  キッチンは基本的に優哉の城なので、見慣れないものがあるとすぐに気づかれてしまう。小麦粉はキッチンではない棚にしまい、バターは紙袋に入れて冷蔵庫にしまうことにすればいいだろうか。  調理器具は揃っているのでわざわざ揃える必要はないし、レシピもネットで調べられる。あとは僕の気合いだけだ。 「よし、頑張ろう」  気合いだけなら充分なほどある。あとは不格好でも味さえよければなんとかなるはずだ。優哉の喜ぶ顔を想像して僕は口元を緩めた。
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