始まりの日

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 いままでもこのぬくもりを感じて幾度となく胸を高鳴らせ、喜びを感じた。それは言葉にはし尽くせないあふれるほどの感情だ。この先もきっと色褪せることなくその想いは続いていくのだろう。 「優哉」 「なに?」 「……抱きしめて、欲しい」  瞳を見つめて両腕を伸ばせば、それに応えるように彼はゆっくりと近づいてくる。そしてほのかな期待を宿す心を見透かすみたいに、息さえも絡め取るような口づけが与えられる。  アルコールでしびれる身体にはそれは少しばかり過ぎた感覚で、鼻先から甘え縋るような声が漏れてしまった。けれどそんな声を漏らせば漏らすほど、優哉は嬉しそうに目を細める。背中を抱きしめる手に力を込めたら、強く抱き寄せられた。 「そんな意地悪い目で見るな」 「すみません。でも佐樹さんがあまりにも可愛いから」  艶めいた光を含むまっすぐな瞳を向けられて、それを見ているだけで頬が火照っていく。気恥ずかしくなってほんのわずか視線をそらしたら、それを引き戻すように口づけられた。触れる熱に肩を震わせれば、唇を割り滑り込んだ舌に口内を撫でられる。それだけなのにひどく肌がざわめいて、縋るように優哉の背中を抱きしめた。 「佐樹さん、触れてもいい?」 「あ、だ、駄目だ。こんなところでお前に触れられたら、来るたびに思い出しちゃうだろ」 「少しだけ、ほんの少しだけでいいから」  頬やこめかみに口づけてくる優哉の肩を押したら、甘えるような視線でこちらを見つめてくる。僕がその目に弱いと知っていて、彼はわざとそんな素振りを見せるのだ。ずるい、そう思うのに、やっぱり優哉のその目には弱くて、肩を押す手が遠慮がちになってしまう。 「可愛い。好きだよ、佐樹さん」 「お前はいつもそんな言葉で、僕のことを手のひらの上で転がそうとする」  不満をあらわにして口を引き結ぶけれど、ひどく幸せそうな顔をして笑うから、それ以上の言葉を紡げなかった。優しい言葉に惑わされて、どうしたって彼には敵わない。好きすぎて、彼のわがままを全部飲み込みたくなる。  そっと唇をついばまれれば、そこに熱が灯った。滑り落ちた唇が首筋を撫でると、たまらず肩が震えてしまう。 「そんな俺は嫌いですか?」 「……嫌いじゃないから、困るんだよ。馬鹿」  心の中をのぞき込んで、それを容易く読み取ってしまう目に少し腹も立つけど、これはきっと彼に甘い僕が悪いのだ。背中に回した腕に力を込めて、引き寄せるようにして肩口に頬を寄せた。 「明日から頑張れるように、ご褒美だ」 「佐樹さんは優しいね」 「こんなの、今日だけだからな」  顔がひどく熱い。きっと一目でわかるほどに紅潮しているのだろう。そんな顔を見られたくなくて、胸元に顔を埋めたままそっと目を閉じる。俯いてしまった僕に優哉は小さく笑った。そしてあやすみたいに優しく髪を撫でてくれた。  指先にすくい上げられた髪は、その隙間からさらりとこぼれて落ちていく。毛先が頬をかすめるのがなんだかひどくくすぐったい。でも服の上からでも感じる大きな手、それが身体を撫でる感触のほうがずっと心をくすぐる。  誘われるように視線を持ち上げれば、熱を孕んだ瞳に見つめられた。 「佐樹さん、愛してる。これからもずっとあなたのことだけ」 「うん」  彼の紡ぐ甘い言葉に容易くほだされてしまう自分は、その言葉に縫い止められて身動きできなくなる。けれどそれが嬉しくて仕方がないとも思う。  こうして優哉と一緒にいられるいまがすごく幸せなんだ。だから彼にすべて絡め取られてしまっても怖いなんて思わない。それどころか優哉の中に自分がいることに喜びを感じて、きっと心が満たされてしまうだろう。 「僕も、お前だけだ。これから先もずっと」  まっすぐと瞳を見つめ返せば、目を見開き少しだけ泣き出しそうな顔になる。それがひどく愛おしいと思った。彼は時間と共に大人になったけれど、昔と変わらない部分もある。それに気がつくとなんだかほっとしてしまう。  なにもかも拭い去るくらいの成長も嬉しいけれど、初めて会った頃と変わらない素顔を見られることも同じくらい嬉しい。両手でそっと頬を包み込んで、感情をこらえるように引き結んだ唇に自分のそれを重ねる。  目尻を優しく撫でて、何度も触れるだけの口づけを交わした。 「優哉、好きだよ。僕の歩く道はいつだってお前と一緒だ」  僕たちはこれからもこうして二人で歩いていく。どんな始まりの日も二人で一緒に迎えていくんだ。これは最初の一歩。  二人分の想いが、色鮮やかに明日の先の未来を描き始めた。 始まりの日/end
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