リナリア

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***  昼過ぎから降りだした雨は、次第に強くなっていった。  夕刻の祈りを終えた私は、素知らぬ顔で自室へと戻り、私服に着替えた。  小さな鞄をひとつ持って、誰にも見られぬよう顔をフードで隠し、裏口から外へ出る。  彼は他の礼拝者に混じって先に修道院を出た。もし、約束の待ち合わせ場所に彼がいなかったら、彼は私を信用してくれなかったという事だ。  悲しいが、彼の気持ちを無下にはできない。彼の望むように、幸せに生きてほしい。隣にいるのが、たとえ私ではなくとも。  はやる気持ちを抑えきれず、小走りになる。ぬかるむ道に足を取られ、泥が跳ね上がる。それでも私は走り続けた。  辻のところでたむろしている憲兵を見て、怪しまれぬよう速度を落とした。  通りすぎるときに、彼らの話が耳に入った。 「もっと捜索範囲を広げるべきだよなあ」 「朝になっても帰って来なかったんなら、夜中のうちに逃げたって事も考えられるしな」 「……ったく、たかが男娼探しに、手間かけさせやがる」 「まあまあ。捕まえたらおまえさんに最初に嬲る権利を譲ってやるよ」  ヒヒヒヒ、と下卑た笑いが辻に響く。私は待ち合わせ場所に急いだ。  ばれたのだ。憲兵は彼を探している。  人気(ひとけ)のない道を走りながら、私はふと目を細めた。  道に、リナリアの花が一輪、落ちていた。雨に濡れそぼり、ひどく悲しげに、寂しげに。  その打ちひしがれた姿にうっかり彼を重ねてしまい、複雑な気持ちで通りすぎた。すると、その先にまた一輪。更に先にも一輪。まるで道しるべのように点々と落ちている。  4つ目の花を最後にそれは途切れた。待ち合わせ場所はもう少し先だが、私は気になって足を止めた。さっきの憲兵のこともある。そしてリナリア。悪い予感が胸の内に渦を巻く。  と、突然、私は腕を掴まれ、細い路地へと引きずり込まれた。
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