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***ハブ ア ディファレント ポイント オブ ビュウ(違う見解)***
私はただ、自分の正しいと思う事をしたまでだ。それなのに、どうして死んでいかなければならない?
腹部から、ドロリとしたものが流れ出していく。その部分だけが熱い。
私を憎む言葉と共に、熱の塊が体中を突き刺す。私は死んでいくのか?このまま、誰にも見取られずに。家族にも会えずに。
あの世に繋がろうとして、朦朧としていく意識の中で娘の声を思い出す。
「お父さんは私を愛していないのよ」
違う、違うんだ。仕事が忙しいだけなんだ。それもこれも、お前のためなんだ。これから一体、いくらの学費や生活費がかかると思っているんだ?確かに母さんと離婚したのは、悪かった。しかし、もう母さんは他の男と結婚して子供まで産んでいる。お前の居場所は、私の所しかないんだよ。
私が再婚したことに腹を立てているのか?しかし、それもこれもお前のためなんだ。私は、お前のために弁当を作ってやれないし、三者面談にも行ってやれない。
それとも、私が妻を愛していることに嫉妬しているのか?しかし、愛がなければ結婚は出来ない。お前の母さんとは、愛がなくなったから離婚したんだ。
彼女は優しいだろう?お前が一人暮らしをしたいと言った時にも、反対をしなかったじゃないか。私も彼女も、お前の好きなようにさせてきたじゃないか。それなのに、お前は私達の気に障ることばかりする。
お前を殴るのは、教育なんだよ。人間は痛い思いをしなければ、体で覚えなければ、絶対に間違いを犯す。私はそうやって育てられてきて、間違いのない人生を送っているんだ。私は経験者なんだ。だから、お前のその若者特有の主張より、正当性を持っている。
お前が間違っているんだよ。私の言う通りにしていれば、人生に間違いはない。しっかりと学校に行って勉強して、優良企業に就職して、結婚して、子供を産めばいい。それが女にとって一番の幸せだ。お前の幸せなんだよ。
お前に学問はいらない。大学院に入ってどうする?可愛げのないインテリ女になって、お前の母さんのように私を詰るのか?そんな可愛げのない女になれば、男は寄って来ないぞ。そうして、ろくでもない男に引っかかって、人生を駄目にするんだ。そうに決まっている。腐る前に道を正すんだ。
私を見てみろ。高校を卒業して就職し、働いて働いて、専務にまでなった。お前はどうだ?大学を卒業して、家を飛び出して、気づいたら落ちるところまで落ちているじゃないか。私の忠告を聞かないから、そんなことになるんだ。それは私の責任じゃないぞ、お前が招いた結果だ。その反抗的な性格も、私の責任じゃないぞ。お前の本質なんだ。
私は正しいはずだ。それなのに、どうして死んでいかなければならない?
喉まで熱さが込み上げてきて、咳き込んだ。すると、熱さが口から逃げていった。
遠くのほうで、まだ声がしている。
「結局、お父さんは自分の事しか愛せないのよ」
違う、違うんだ。でも、もう取り消し様がない。
「あ!おお?この人、最近私のお店に来たよ」
ルナちゃんがテレビの中を指差して、興奮して言った。私は、ぼんやりとテレビに浮かぶその顔を眺めていた。
「えー!?リストラした部下に殺されたんだって!カワイソー!この人だって、好きでやってるわけじゃないのに」
「でも、された側にしてみれば、生活もかかっているし」
「でも、した側にしても、生活がかかってるのよう。なんかねー、私のお客が不幸になるのって、ちょっとヘコむなあ」
「そんなに悪い結果だったの?」
「覚えてないよう。アズ、タイム、ゴウズ、バイ」
「ふふふ。なんだか、惺(さとる)君の癖が移っちゃったみたいね」
「えー?やだなあ。私、あんなアメリカンになりたくなーい!」
河豚のように頬を膨らませて、ルナちゃんはテレビへと視線を戻した。
ニュースのレポーターは次々に殺された被害者の日常を暴いていく。近所や会社へのインタビューの結果、あまり評判の良い人ではなかったようだ。皆一様に、殺されても仕方がないと言いたげに言葉を濁す。
そして、司会者が深刻そうに見せようとして、失敗した時の顔をしながら、他人事であると言いたそうに言った。
「まあ、こんなご時世ですから。犯罪や殺人は許されない事ですが、気持ちは少しわかりますね。いずれにしても、被害者のご冥福をお祈りします」
ルナちゃんの言う通り、人が人を不幸にしたからその人がその人を不幸にしてもいいということはない。皆、幸せになる権利を持っているのに、どうして不幸になっていくのだろう。この世の中で誰が正しくて誰が犯罪者なんて、些細な事なのだろう。生き残った者達だけが全て。
私は幸せですか?
「ルナちゃん、もうそろそろあの人が帰ってくるから・・・」
「え?」
ルナちゃんは、冷めたココアの入ったマグカップを両手で握ったまま、動きを止めた。形の良い眉をひそめて、困ったような怒ったような表情を浮かべた。どうも捨てられた子犬を連想してしまい、出ていって欲しいとは直接言い難い。
ルナちゃんは立ち上がって、大きなリュックを担ぎ、玄関のほうへと歩き出す。引き止めて欲しいのか、チラチラと後ろを振り向く。
ルナちゃんがゆっくりと靴を履き終えて扉を開けると、光が部屋のあちこちを刺した。
「じゃあ、またね」
「うん、またね」
扉が静かに閉まり、バタバタと騒々しい足音が駆け抜けていった。
ルナちゃんは幸せ?
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