カンフューズド カンフュジョン(混乱した混乱)

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カンフューズド カンフュジョン(混乱した混乱)

 とてつもない事なんだ、これって。ああ、ここはどこ?って記憶障害があるわけじゃないんだ。俺の海馬は正常だ。ベータアミロイドに冒された脳みそなんて、ジイサンだけで結構だ。視力はバッチリ、免許更新にも引っかからないぐらい冴えている。見えているものは現実なんだ。現実なんてあるわけないんだ。どうせ、俺のクソったれの脳神経が見せる電気信号の束だ。  冷たい空気の感触が、俺の全身に這いずり回って、心地よい吐き気がする。反吐だ、反吐。おまけに、小便もしたくなる。畜生!寒いぜ、ここは。  足に泥がしがみつき、俺たちの行く手を阻む。顔から足まで泥まみれ。泥にまみれてよお。アタックで白くなるのかよ、このTシャツ。東京湾のヘドロ色Tシャツなんて、誰が好き好んで着るかよ!  なんだ?さっきから、汚い言葉ばかりが頭にちらつく。そうだ、糞から生まれた神様がいたっけ。糞神様、まったく好きになれない響きだ。汚れの神様だ。反吐神様、小便神様。 火迦具土神(ひのかぐつちのかみ)をお生みになったために、伊耶那美の命(いざなみの真)は御陰(みほと)が焼かれてご病気になりました。その反吐から、金山彦神(かなやまびこのかみ)と金山媛神(かなやまひめのかみ)、その糞から波濔夜須彦神(はひやすひこのかみ)と波濔夜須媛神(はにやすひめのかみ)、その小便から弥都波能売神(みつはのめのかみ)と和久産巣日神(わくむすひのかみ)。頼むから、何も産むなと言いたい。乃木坂より、誰が誰だかわからねえ。そんなに多くの神様がいても、ご利益なんてゼロじゃねえか。どうでもいいが、介護ぐらいしてやれ、伊耶那岐(いざなぎ)。そのまま放置したら、不潔だろうが。 「ねえ!早くしないと、殺されちゃうわよ!」  五月蝿い。そんなこと、わかっているんだ。伊耶那岐の涙から産まれた泣沢女神(なきさわめのかみ)みたいに騒ぐな、鬱陶しい。 伊耶那岐は、最愛の妻を結果的に殺してしまった火迦具土神を殺す。親を選べない子の悲劇だ。こんな激情型の親がいるから、幼児虐待は減らねえんだよ。だいたい、お前らの淫乱が招いた結果だろうが。セックスしまくりで、ダラダラダラダラ子供ばかり産みやがって。避妊ぐらいしろ。考えがないんだ、お前らってのは。俺だって、責任を取らずに済むのならそうしてるよ。 「もう!こんなことなら、オモイカネ老人の話、真面目に聞いておけばよかった!」  今さら言っても、時すでに学成り難し。ちっ!息が切れてきた。ここで、限界か? 「ちょっと、トロいよう!トロイの木馬!」  俺の後ろで叫ぶな。ゴルゴ13の決め台詞とともに、回し蹴りを食らわすぞ!  しかし、お前の言うことも心底共感できる。俺たちは、素粒子並みに急いでいるんだ。でなければ、殺されてしまう。神様はサイコロを振らない。しかし、シュレディンガーの猫はボックスの中を見てやがる。真実は当人にしかわからないんだ、ボーアがアインシュタインより正しいなんて、誰が決めた?そう、素敵な科学の信奉者だ。こっちは、虚無の供物をバカバカ食べた黄泉の者だ。黄泉比良坂(よもつひらざか)で待っていやがれ。その信仰、地返しの岩で塞いでやる。おっと、耳栓で十分か。すると、伊賦夜坂(いふやさか)は三半規管の事を指しているのか?  オモイカネ老人の癖が感染したようだ。そんな暇はない。俺は先を急いでいる。こんな所で立ち止っているわけにいかないんだ。 退け退け!森よ、山よ、谷よ、川よ、空気よ、大地よ、宇宙よ! 俺の前には道がある!俺の後には道がない!  全身が躍動して、踊りながら駆けている。何処を目指しているのか、はっきり言って知ったことではない。ただ、急がなければならない。殺される前に。 「見て!もう夜明けなんだわ!」  まったく憎たらしいことに、こいつは嫌なものを見つけてしまった。  遠くの山の間がほのかに明るい。面白いように黒かった闇天空が、息を引き取ろうとしていた。引くな黒マント、闇の公子アジュラーン。お前は太陽に弱っちろいな。もっと体を鍛えろ。このモヤシ野郎! 「そうか・・・」  俺はようやくそれだけの言葉を吐いた。それで十分だったし、それが限界だった。 「終わったんだ・・・」  隣の細い体が泥の中に沈み込みながら、泥だらけの細い手で、汗も涙も出ていないのに顔を拭った。俺もつられて、顔を拭う。  シオンの街は、何処にいったんだ?
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