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「森正……ルームメイトが到着したらさっそく喧嘩か? いいかげんにしてくれ」
眼鏡をかけた少年はうんざりと言わんばかりの口調だった。
俺の予想どおりだ。森正は高校生になっても喧嘩に明け暮れていたらしい。人間の本質なんてそうそう変わるものじゃないし、喧嘩が好きじゃない森正なんて、そんなのはもう別人だ。
眼鏡少年は俺と俺の右腕を、やっぱりうんざりした顔で見つめてきた。
「えっと、木村史路くんだよね。転入生の。初めまして、僕は桂秋棟の副寮長をしている清田満留って言います」
「あ、どうも……」
「木村くん、森正から手を離してあげてくれないかな。きっと腹が立つことを言われたんだろうけど、こいつの挑発にいちいちのってたらキリがないよ。木村くんは今日ここにきたばっかりだから知らないだろうけど、こいつは喧嘩が三度のメシより大好きだからね」
そんなことくらい俺のほうがよく知っている。俺に向かって森正を語るとは笑止千万。釈迦に説法とは正にこのことだ。
俺はムッとしながらも、森正からおとなしく手を離した。
「森正、おまえな、転入生の世話をしろとまでは言わないけど、さっそく喧嘩を売るなよ。寮長になったっていう自覚がないのか?」
「喧嘩なんか売ってねーよ。こいつがいきなり俺につかみかかってきたんだよ」
「嘘吐け。おまえ相手に、それも転入したその日に喧嘩を売るような奴がいるわけないだろ」
森正の言っていることは事実だったが、俺は特にフォローはしなかった。じゃあ、いったいなんだって森正につかみかかったのか、と訊かれたら困るからだ。
いまはまだ言えない。森正が思い出すまでは、俺と森正が同じ小学校に通っていたことを、俺の口から話すわけにはいかないのだ。
「俺が嘘なんかつくはずねーだろ」
「……それが嘘じゃないか」
森正と清田はずいぶんと親しそうだ。副寮長ということは、この清田という少年もそれなりに優秀なんだろう。
ひょっとしてひょっとすると、この清田とやらが森正の現ライバルだったりするんだろうか。
森正と離れていた約六年間、俺のライバルとなるような相手はひとりとしていなかった。誰かをライバルと見なすには俺はあまりにも優秀すぎたし、他の誰かよりも上に立ちたいという欲求そのものを失っていた。
果たして森正はどうだったのか。俺が森正をライバルとして認めたように、他の誰かも認めたかもしれない。森正もまたその誰かをライバルとして認めたかもしれない。
その誰かは清田なのかもしれない。
「で、なんの用だよ」
「あ、そうそう、岸田先生に頼まれておまえを呼びにきたんだった。僕も呼ばれてるから一緒にいこう」
森正は椅子から立ち上がると、清田の後ろについてドアに向かった。
「木村くん、僕の部屋は四一五号室だから。困ったことがあったらなんでも相談しにきて。まあ、ルームメイトが寮長だから大丈夫だとは思うけど」
清田はドアノブに手をかけながら俺を振り返ると、感じのいい笑顔を俺に向けた。
爽やかな笑顔だったにもかかわらず、俺の胸の中には黒くて嫌な感じのもやが広がっていった。
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