あの冬に届け

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 でももう、行かないとダメなのだとわかった。もう世那は死んでしまったから、歩いていかないといけない。  あの頃の世那の歳を超えた。僕は彼女を置いて年老いていく。ここまでだ。彼女の背を見て歩くのは。先を歩いて、人生を見せてもらうのは終わりだ。雪はいつか溶けるように、僕の隣から世那も消えてしまった。  彼女より遠くへ、ただそれだけを胸にしまった。  正月、僕は地元に帰ることにした。世那の親と久しぶりに会って、親と少し話をした。実家に一泊し、僕は旅行のために朝早くに家を出た。荷物を持って、またこの場所から旅立とうと思ったのだ。  旅の前日、眠りに入るまで彼女のことを思い出した。  毎日眠る前に、道を歩く度に思い出す。隣から見下げながら、歩く僕を見る、淡い瞳を。黒く艶のある長い髪、僕の手を引くか細い手、日の出、そして……そして。思い出すうち、わからなくなる。一体どういう顔の人だったか、どんな話し方で、彼女の何に惹かれどこが好きだったのか。  まるで自分が否定されるような気がして、不安になる。思い出せない、忘れてしまう。消えてしまう。ひそひそと泣く子どもの背に、そっと手を添えてくれたのは世那と……そうだ。  笑顔だった。何より一番初めに思い出すことは、笑顔なのだ。いたずらに笑い、自慢げに笑い、背をさするように微笑む、あの人を、ずっと追っていた。旅から帰ってきた時に見せる、得意げな笑顔だった。  旅に立つ日、その日は雪の予報だったのだが予想外の晴天。飛行機も無事に飛ぶことができそうだった。予想以上に早い帰宅と言うことで、両親に小言を言われた。  家を出る。窓からも見えたように雪は降っておらず、空には雲がまばらに散りばめられているだけだった。冬晴れだ。澄んだ冷たい空気をたっぷりと吸い込むと、体が冷たく新鮮になっていく気がする。  久しぶりの冬の地元を歩き、思う。世那が教えてくれたこの景色は、無駄なんかじゃなかった。旅も、言葉も写真、手紙だって無駄じゃない。  帰って来たら、世那に話をしなければならない。全部無駄じゃなかったと。彼女がいかなかった場所まで行って、そこの話をしよう。あなたの笑顔を思い出しながら、きっと忘れたって覚えているから。だから。  だから行くんだ。世那が行けなかった、彼女よりもっと遠くへ。忘れないために、大切にするために。  もう、先を歩いてくれる人はいない。足元に雪も降り積もっていない。僕は僕の道を旅するのだ。そして、きっとその先に、憧れた景色がある。  晴れた空の元、後ろから声が聞こえた気がした。振り向いた先には晴れた空と、道端には枯れ葉だけが並んで落ちていた。
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