あの冬に届け

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 僕は中学三年生で、受験期だったためか知らされるのも遅く、あまり大きなショックを受けなかった。それより、早くこの家を出たい、ダメなやつだと罵られて蹴られるのは懲り懲りだった。僕はひたすら勉強し、高校に入学した。  高校に入学しても生活は変わらず、僕は勉強し、家族に疎まれ、そして時々彼女と歩いた場所を歩いた。高校生活も残りわずかとなったある日、散歩していると彼女の両親に出会した。  家に呼ばれ、久しぶりに世那のことを話した。彼女の旅の、土産話が好きだったというと、世那が撮ったのであろう写真と手紙が入った封筒を僕にくれた。それだった。  僕はその写真を見て、その景色を、場所に行きたいと思った。強く惹かれた、憧れた。幼き日に、世那と見た景色を、世那への憧れを思い出した瞬間だった。  しかし手紙は見なかった。中身は気になったけれど、手にするのが怖かった。  北海道に向かったのは、大学に入った年の冬だった。都内の学校で、一人暮らしを始めたので親に何を言われることもなく、僕はバイトして貯めたお金で旅行へ行ったのだ。  世那はこんな景色を見たのか、と感動よりも先に関心がやってきた。ほとんど何も決めずに始まった旅だったので、困ったことは地元の人に聞いてまかなった。  北海道の冬は寒く、地元の人も色々と教えてくれた。吹雪の中を歩いたのはあまりいい思い出とは言えなかった。しかし、良かった。雪が多い街で育ったのが幸いしたのか。煩わしかった親元を離れ、念願の初旅を叶えた。ずいぶん遠くに来た、そう思った。  それでも、まだ行きたいところがたくさんあった。彼女が旅したのは、フランスのパリとアルザスという地域、オランダのアムステルダム、ドバイ、そして最後に骨休めか、静岡県。  僕は行きやすい場所から、静岡、ドバイ、オランダ、そしてフランスを回ることにした。もちろん彼女が旅した場所は全て回るつまりだったが、他の場所も見ておきたい気持ちがその頃になると沸いて出ていたのだ。 「旅、たくさんするといいよ。自分の悩みとか、そんなの全部ほっぽっていいから」  彼女は家族の愚痴を吐く僕にそう言った。昔はわからなかったその言葉が、今ならわかった。遠くに行けば行くほど、必要のないものを捨てられた気がしていた。  次の冬、僕は友達と共に静岡へ向かった。同じ学部で同じ授業をとっていたその友達は、夏に旅行に行かないかと誘ってくれたのだか僕はそれを断ってしまったのだ。その謝罪ではないが、珍しく僕から行こうと誘った。 「やっぱり冬だよ。旅行は」 「なんで冬なんだよ。寒いじゃんか」 「景色が綺麗に見えるから」  空気が澄んでいるからなのか、それともやっぱり僕の脳裏に凍りついた、世那と見た景色があるからなのか。とにかく僕は冬が好きだ。  ある橋を渡っていた時、見たことがある景色だと思ってとっさに鞄から写真を取り出した。それを一枚ずつ確認すると、やはり世那が撮った写真だった。北海道でも同じようなことをしていた。この旅の目的は、最初から彼女の見たものを見るためにあるのだ。  
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