あの冬に届け

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 世那のことなど、全て忘れてしまえ。そうすれば楽になる。寂しい気持ちも忘れてしまえる。遊んでいて思った。もう、手の届く範囲で、遊びまくっていれば、会社で働けばいいじゃないか。  何も悪いことはない。ただ、今まで旅なんかで失った時間を遊んで取り返すだけだ。寂しさを埋める方法を変えるだけのことだ。だからもう、忘れてしまえ。僕のしてきたことは全部無駄なのだから。  そしてまた、冬がやってきた。すっかり遊びを覚えた僕は寂しさを忘れて、きっと忘れてしまっていた。胸のうちの、凍りついた何かが消えない。雪のように儚いのに、溶けてくれない。  アパートの冬は早く、早々に羽毛布団を取り出さなければならなかった。家賃が六万弱の、そこそこの広さを誇る休日の部屋は獰猛な森のように薄暗く、薄く埃の臭いが充満していた。  羽毛を取り出し、そのままの布団を洗おうかどうか考えていると何かが押し入れの近くに落ちているのを見つけた。茶色の封筒だ。世那が僕に遺した写真と、手紙。  何度も見て、端のよれた写真の数々の中に手紙が二枚。どうしても読もうと思えなかったものだ。  その分厚い写真と手紙を八つ当たりのような気分で壁に投げつけた。何を今更、出てきて何を言おうとしているのかわからなかった。腹立たしい。  ぶつけた壁に弾かれ、いくつもの写真が宙を舞った。その一つに、目が惹かれた。その一枚を起爆剤として、他の景色が僕の目に入ってきた。水滴に乱反射して見える日差しのように、実感を伴い淡く白んだ景色が僕の頬を撫でた。  手紙にはこう書いてあった。 『旅をしたか』 と。二枚目には、自分がもう長くないことと、旅をしたら写真を見せて話してくれと、書いてあった。  何とも簡潔に、もはや紙の無駄だと言えるほどの余白を残して手紙は終わった。結局、世那の伝えたかったことはなんだったのか僕にはよくわからなかった。  辛いことも変わらないし、いつまでも彼女のことを忘れられないでいる。ずっと隣を歩いていたかったし、まだどこかにいると信じていたい。そして少しづつ、彼女は僕の頭の中からも失せようとしていた。  忘れたくないと思う。忘れないよう、頭の底からこぼれ落ちないようにしがみつく。ごねる子どものように、塞ぎ込んで。
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