あの冬に届け

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 親戚の世那は僕の憧れだった。親戚と言ってもすぐ近くに住んでいるのでよく遊んでいたのと、一人っ子だった僕は歳上の姉ができたようで嬉しかった。雪のようにふわりとして、落ち着いていて、茶目っ気のある人だった。  僕が小学五年生の時、彼女は病気がちだったのにもかかわらずバイトで貯めたお金で高校の卒業旅行に一人で行った。冬の終わり、まだ寒いというのに北海道に行って、帰ってくるとめぐった場所のことを話した。僕はそれを、遠い国の話のように聞いた。  世那は決まって冬に旅行へ行った。なぜかと聞くと、肌を刺す空気と澄んだ風が好きだと言った。冬への憧れが増した。  僕が小六の時だった。まだ日も出ていない時間、僕は家をこっそり抜け出して待ち合わせた世那に連れられるがまま歩いた。説明もないままだったので、いったいどこに行くのかと目を擦りながら思っていた。足元には、行先を指し示すかのように雪が降り積もっていた。  たどり着いた場所は、近くのマンションの屋上だ。本当は入ってはいけないのだけど、屋上に入る扉を不良が壊してしまったのだ。 「世那、なんでこんなとこに来たの?」 「日の出、見たことないんでしょ? お姉さんが見せてあげるよ」  確かに僕は日の出を見たことがなかった。家の方針で無駄を省くようにされていたし、僕が出来損ないだから余計に厳しいのだ。  世那は自分のことをよくお姉さんとか言っていた。黒く長い髪が風になびく姿を見ていると、もっと違う形で出会っていたら惚れていた。それを言うと世那は大笑いした。  やがて日が昇った。濃藍の空がだんだんと白んでゆき、茜色の日差しがまぶたを焼くのを顔を逸らすことで堪えた。すぐにその明るさに目が慣れ、日の出をちゃんと見ることができた。これが世那の見た景色、感動した風景。  太陽だけではない、照らされる町も空気も、そして影でさえ特別に感じられる。 「すごい、綺麗」 「そうでしょ」  世那は赤くなった鼻先を自慢げに尖らせた。  それから春も夏も、秋も冬も、生まれた町の景色を見て回った。彼女は何でもない景色を、特別なものに変える力があるようで、どの景色が綺麗かを僕に教えてくれた。しかしどれだけ特別な景色を見ても、日の出を忘れられない。  世那は就職しお金を貯めた。そしてよく旅行へ出た。フランスやオランダなどヨーロッパの街並みが綺麗な国を回っていた。体が悪いのにと思っていた矢先だ。  世那は死んだ。それを知らされたのは世那が死んでから一か月後だった。    
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