1

1/1
前へ
/5ページ
次へ

1

今日も残業。 働き方改革とやらで、かってのように残業漬けになることはなくなったが、片付けなきゃならない仕事が残っている以上、残業しなきゃどうにもならない。 会社側は、NO残業を推進しているようなことを口では言っているが、現実にそれで業務が円滑には進まないことなど向こうはわかっているので、仕事の締め切り日はそのままにして、"残業は控えるように"という形ばかりの通達をしてくるばかりだ。 そうなると、どうしたって自主的な残業という、残業手当が出ないところに落とし込まれるだけだ。 で、今、その落とし込まれた残業に突入したところだ。 主任などという、管理職でも無い、平社員に毛が生えたような立場に追いやられているので、こうならざるを得ない。 だがまあ、これまでは自分の仕事を片付けるだけのことなのだから、そう騒ぐほどでもないと思っていたのだが、今年入った新入社員がたった一度の残業体験を理由に早々と退職。 もう一人は起業家になるとかで、こちらも早々に全てを放ったらかして辞めてしまい、それらの残務をこちらが全て抱え込む羽目になったから、そう単純な話でもなくなった。 今日は何時に帰れるかわからないが、いずれにしても早めに仕事を片付けるしかない。 "お前は真面目だけが取り柄だ"と、上司にはよく言われる。 つまり、それ以外にはどこにも見どころがないということらしいが、それは、ついこの間まで仲良くなれそうだった同じ会社の一つ歳下の女子にも言われた。 だから、"全然面白味がない"んだと言われ、それ以来話をしてくれない。 もう会社に残っているのは一人だけなようだから、帰りは、ちゃんと施錠して帰らなきゃならない。 給湯室で、自分で淹れた冷めたコーヒーを時々すすりながら、ひたすら業務に没頭した。 たぶん今日は家には帰れないだろう。 仕方がないから、この間まで借りていた、割と会社から近いところにある、来月には契約解除で鍵を返す予定のアパートで寝泊まりするしかない。 もう引っ越しは済ませたから、あそこには家財道具が何にも無いが、今月末まではまだこちらの賃貸契約が残っているので、一晩寝泊まりするだけの仮眠室だと思えば悪くはない。 * 結局、溜まった業務を片付けるのに11時半までかかってしまい、会社を施錠して外に出たのは0時少し前だった。 もう終電はないので、今月で契約切れの何もないアパートに直行するしかなく、どこかに寄り道する気力も起こらないので、ただ漠然と歩き続けた。 だんだんアパートの建物が見えてきた。 こじんまりしたアパートで、入居者が少なく、空室が多いので、騒音その他の問題はなかったが、3分の2が空室だから、やはりどこか寂しげなアパートであることは否めない。 徐々にアパート前まで歩を進めて建物に到着し、二階にある自室へ向かうために階段を昇ろうとした時だった。 階段下の暗闇で何かが蠢いた。 何?! と、ちょっと吃驚しながら、そちらの方に目を凝らすと、何かがそこには居て、少しだけ動いていた。 猫かな?と最初は思ったが、もう少し大きい。 気になって、スマホに付いている本体背面のLEDライトを点灯させて、暗闇の方を照らした。 すると、そこには一人の少女が震えながら地面に座り込んでいた。 小学生低学年くらいだろうか。 どうやら少女はこれだけの強烈なライトで照らされても、こちらに気がついていないようだ。 つまり意識がないのではないか? とそう思い、すぐに彼女の身体を揺さぶった。 「ちょっと、大丈夫!?」 近くに寄って少女の顔を見ると、あまりの美少女だったので少し驚いたが、意識がないのが心配だったので、さらに繰り返し身体を揺さぶった。 「ねえ、大丈夫?!」 しばらくすると、少女は少し意識を取り戻し、苦しそうにこちらを見た。 少女は大きな美しい瞳でこちらを見ながら、一瞬何か言おうとしたが、またすぐに意識を無くし、その場に倒れ込んでしまった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加