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サラに朝起きた時、事情を聞かされた。
サラの話では、どうやら彼女は天国から落ちてきた堕天使らしい。
さっきの黒い気体の邪鬼のゴースト集団に襲われて、肩の羽根をもぎ取られ、地上に落下してきたとのことだ。
遠く天国にいる父母とは、それではぐれてしまったらしい。
どうやら、あの肩の傷は児童虐待の跡ではないようだ。
サラは本当に空の上からやって来て、本当に帰るおうちが地上には無いのだ。
帰る家と言えば、つまり、遠く空の上の天国になるらしい。
こんなこと、にわかには信じ難い話だが、しかしあんな不気味な、この世のものとも思えない黒い気体のゴーストと現実に自分が格闘した後だ。
寧ろ、サラの言うことが、まんざら嘘だとはまるで思えなかった。
これで警察や児童相談所に連れて行く必要はなくなったみたいだ。
何とかここでサラを守るしかない。
守れるのは、どうやら自分しかいないようだ。
その後、ほとんど寝ていない状態のまま会社に出勤して、会議で昨日の続きのレクチャーをした。
会議前にまたキリマンジャロの熱いブラックコーヒーをガブ飲みしといたのが効いてくれたようで、眠気を噛み殺して、何とか会議を無事終えることが出来た。
だが、会議後、いきなり上司から、明後日にプレゼンをやってくれと頼まれたので、急いでプレゼン用の資料作りをすることになった。
それにしても明後日って!
やれやれ、サラのことで手一杯だってのに、資料作りだけでなく、プレゼン役まで丸投げかよ。
だが今日は、サラのことが心配だったので、残業はせず、定時でアパートに直帰した。
明後日の厄介なプレゼン資料は、アパートに帰ってからまとめることにした。
部屋に帰るとサラは落ち着いた様子でTVを見ていたので安心した。
サラには悪いが、TV用のモニターにしていたパソコンを使って、さっそくプレゼンの資料作りに没頭していた。
その時だった。
いきなりまた、窓に強い風が激突してきた。
どうやら、昨日の黒い気体のお仲間らしい。
さすがに集団だからか、黒い気体のゴーストの群れは、今度は窓をぶち破って部屋に入ってきた。
さっそく用意しておいた食器洗浄剤とシャワーで向かい撃とうとした。
だがその時、別の飛翔体が、ぶち破れた窓から部屋に突入してきたので驚いた。
何だ?
新たな敵か?
それは大量の傘の群れだった。
夥しい数の傘の群れが、サラに向かって急降下し、いきなりサラの腕や足に絡みついていったので、急いでそちらに向かった。
「大丈夫!スカイアンブレラは"友だち"だから!」
サラが急にこちらに叫んだ。
「えっ?」
「スカイアンブレラは、私を天国に連れてってくれるの!だから大丈夫!後ろ!気をつけて!今まで本当にありがとう!あなたのこと、忘れないわ!」
サラは必死でこちらに叫んで、そう言った。
すぐに、傘の大群はサラを拘束したまま、いきなり暗黒の夜空に飛び立った。
そしていつの間にかサラは、真夜中の夜空を高く高く飛翔していった。
ようし。
そっちは任せたよ。
後は黒いゴミ退治に専念だ。
すぐに用意していた洗浄剤とシャワー水を黒い気体のゴースト集団に浴びせかけた。
すると、洗浄剤とシャワー水で湿って、固くなった黒い気体の軍団は、徐々に黒い塊のゴミと化した。
しかし、中には前のより強力な奴がいた。
そいつは棍棒の形態に変化したかと思うと、いきなりこちらの頭部を殴打してきた。
「うわっ!」
よろめいて後ろの壁にぶつかった時、ふと、そこにホウキが放置してあるのが目に入った。
すぐにそいつを引っ掴んで、バットのように持ち替え、黒い気体を力一杯ジャストミートしてやった。
黒い気体は壁に叩きつけられて地面に落ちた。
壁に近ずき、黒い気体に、じっくりご褒美のシャワー水を浴びせかけてやった。
「に、人間ふぜいが…」
不意に黒い気体のゴーストは断末魔の声を上げたが、そのうちにただの黒いゴミと化した。
こっちは明後日のプレゼンの資料作りに忙しいってのに、何とも厄介な奴らだった。
こんなゴミ掃除に無駄な時間を取られるのは、金輪際御免被りたいもんだ。
またびしょ濡れの床を拭かなきゃならないし、だいたいまだ夕飯も食べていない。
サラは今頃、あの不思議な傘の大群に連れられて、すでに遠くの方まで飛翔している頃だろう。
都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。
そんな都市伝説を聞いたことがある…
ある時、人は、それを目撃することが出来る…
サラはきっと、遠くの天国に戻れる。
だいじょうぶ。
天国は待ってくれる。
遠くの天国でお父さん、お母さんにもきっと会えることだろう。
そう願いたい。
翌日。
今日はクリスマスイブとかで、社員は皆パーティに出かけたりと、早々に退社していったが、こっちは明日がプレゼン勝負だ。
前に仲良くなりかけた会社の女子が、同じフロアの男性社員と楽しそうに話しながら、帰社するのが見えた。
彼女はチラッとこちらを見てから、すぐに無視するように、会社の出口から男性社員と共に出て行った。
どうやら、また会社に一人で取り残されたらしい。
何とか9時には残業を終わらせたい。
プレゼン資料の最終チェックを完了してから、残業を何とか終えて外に出ると、静かに雪が降っていた。
だが、不意に夜空を見上げた時、急に遠く空のかなたの星が、凄ざまじい光を放って輝いたので吃驚した。
星の輝きは、こちらを照らすほどに煌めいていたが、その時、サラの声が聞こえたような気がした。
しばらくすると、夜空は何ごともなかったように元に戻ったのだが。
そうか、
きっとサラは無事に天国に戻れたのだろう。
父母にもきっと会えたのだと思う。
このクリスマスの夜に。
メリークリスマス。
その後、しばらく歩いてから、夕飯を食べようと、一人毎度行きつけの居酒屋風バーへ向かった。
「いらっしゃい」
陽子さんがカウンターから声を掛けた。
「ハンバーグ定食お願いします」
注文してからカウンターに座り、しばらくしてから、出された夕飯を食べた。
「あんた、クリスマスイブだってのに、どっか行くところないの?カノジョの一人くらいいないの?」
陽子さんが渋い顔で聞いてきた。
「いませんよ。だいたい何か前に会社の女子にフラれたみたいな感じだし。それに今日も残業だったし、明日大事なプレゼンがありますからね」
「ったく、あんたって奴は…イブの日にこんなシケた店で飯食ってるなんて」
「別に夕飯が食えりゃいいんですよ。いつもの店の方が落ち着いていいですよ」
「今日は飲むだろ。クリスマスなんだし。私が奢ってやるよ」
「ありがとうございます。じゃあ一杯だけ」
「ったく、あんたって奴は…」
陽子さんは呆れ顔でワインをグラスになみなみと注いでくれた。
…だけど、あんたは、そうやっていつも独りぼっちで、みんなを救っている。
私は知っている。
あんたの本当の魅力が、会社の女子なんかにわかるわけがないことを。
前にこの店で酔っ払いが暴れた時も、ヤクザみたいな奴が脅してきた時も、いつも客としてそこに座っていたあんたが外に叩き出してくれた。
あんたは血まみれで戻ってきたけど、その後、黙って夕飯を食べて帰って行った。
クリスマスでみんな浮かれている時に、会社のプレゼン勝負で残業しているなんて、本当はそんなあんたが会社を救っている。
さっき、星が物凄い光を放って輝いていたけど、私にはあんたの名前を呼んでお礼を言っているように聞こえたんだけど、あれは気のせいか?
いや、きっと気のせいじゃない。
私は知っている。
あんたみたいな奴こそが、"本物の大人の男"だってことを。
終
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