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サラの肩の傷を見て、これは簡単に親元に返すわけにはいかないな、と思った。 警察に知らせてから、親にそのままサラを返した後のことを色々想像すると、そういう結論に達せざるを得ない。 警察にサラの肩の傷を見せて虐待の実態を知らせる方法もあるが、児童虐待に対する警察や児童相談所の対処の杜撰さには、かねてから、はらわたが煮えくりかえる思いがあったので、全く信用出来なかった。 何とかいい方策はないものか、と思案に暮れるしかなかった。 取り敢えず、今晩は引き続き、サラにはこのアパートに泊まってもらうことにしよう。 これからのことは、明日考えようと思った。 サラが風呂場から、間に合わせで用意した、元々は自分用の男もののYシャツとジャージのパンツ姿で出てきた。 サラはすぐに床に寝転がったので、上からラムウールのひざ掛けとトレンチコートを掛けた。 「今日もこんな間に合わせでゴメンね。明日にはちゃんとしたのが揃うから」 「ううん、いいの。おやすみなさい」 「おやすみ」 その時だった。 アパートの窓に有り得ないほどの強風が激突したのを感じた。 何だ? 台風か? と思ったが、窓を少し開けて外を見ても、雨が降っているわけでもなかった。 ただの強風か? と思ったその瞬間だった。 訳の分からない黒い気体が、窓をほんの少し開けた小さな隙間から部屋の中に入り込んできたので吃驚した。 すぐに窓をピシャリと閉めたものの、黒い気体はすでに部屋の中に居て、いきなりサラの体に襲いかかろうと急降下してきた。 危ない! そう思って、サラの体の上に瞬間的に覆い被さった。 すると黒い気体は、急に縄の輪のような形状に変形し、こちらの首に巻きついた後、キツく締め上げてきた。 「うぐっ!」 縄の輪状に変形した黒い気体に首を絞められ、窒息しそうになった。 「だいじょうぶ!?」 それを下から見ていたサラが悲鳴を上げた。 「ずっと、こいつに追われてきたの!」 サラがそう叫んだ。 なるほど。 にわかには信じ難いが、サラを"探している"のはこの不気味な黒い気体だったのか。 訳がわからんが、どうやらサラは、この名状し難い狂暴な黒い気体から逃げてきたらしい。 息苦しい状態が続き、意識が朦朧としてきた。 その時、エアコンのリモコンが目に入った。 すぐにリモコンを掴んで、エアコンの 真近まで寄り付いた。 「ギャー!」 悲鳴のような音がすると、次の瞬間、黒い気体はこちらの首から離れ、部屋の中を狂ったように旋回し始めた。 エアコンの真近まで黒い気体を近ずけてから、リモコン操作で最強風速、最高温度の熱風を浴びせかけてやったので、どうやら驚いて暴れているらしい。 だが何か次の手はないか? 台所にある食器洗いの洗浄剤が目に入った。 すぐにそいつをひっ摑んで、旋回する黒い気体に中身の洗浄剤を浴びせた。 またギャー!という悲鳴を黒い気体が上げて、洗浄剤でベトベトになったまま床に落ちた。 すかさず風呂場の扉を開けて、中からシャワーを引っ張り出し、地面の黒い気体に目一杯放水してやった。 黒い気体は洗浄剤に水が混ざったことで泡だらけになりながら、徐々に小さな塊に縮んでいき、しばらくすると動かなくなった。 狂暴な黒い気体は、ただの黒い小さな固形物に成り果てた。 そいつを窓から外に投げ捨ててから、すぐに窓を閉め、施錠し、びしょ濡れになった床をタオルで拭いた。 全く訳がわからんが、こいつは厄介な追手がいたものだ。 事情は知らんが、サラはあんな魔物に追われていたのか。 「大丈夫?」 サラに駆け寄り、顔を見た。 「うん。あいつは?」 「黒いゴミの塊にして外に投げ捨ててやったさ。怪我は?」 「ううん、大丈夫。ありがとう。でもあいつをやっつけちゃうなんて、凄い!」 何が何だかさっぱり訳がわからん。 だが、一応自分がやるべきことだけははっきりしたようだ。 取り敢えず、あの狂暴な黒い気体からサラを守るということ。 警察や児童相談所の杜撰な不手際については、また後でじっくり思案するしかあるまい。 少し気持ちが落ち着いたのか、サラはしばらくしてから、なんとか眠ったようだ。 こっちも明日は仕事がある。 残業でまとめた明日の会議用の資料をチェックした後、台所に置いてあったバーボンのロックで一杯やってから、すぐに眠った。
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