ナタツ国のラタ

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ナタツ国のラタ

 活気溢れる声が飛び交う市場通りを、ジネードはいつものように従者と数名の家来を連れて歩いていた。時折かけられる明るい挨拶に、軽く手を上げて答える。自国であるこのクレハの地ではフードで顔を隠すことなく、燦々と降り注ぐ陽の光がジネードの整った顔立ちを際立たせていた。自国の安心感もあってか、その表情は緩やかなものだ。  そのまま賑やかな道沿いを歩き、並んだいくつもの露店を確認してゆく。並べられた色鮮やかな食材は、ほとんどが海の向こうから持ち込まれたものだ。 「どうだ?」一歩後ろを歩く従者へと、顔を向けることなくジネードが声をかけた。 「衣食共に滞りなく。新しく流通を始めた鉱石も多少の値動きはありましたが、落ち着く見通しは立っております。それに質の良い果実が入ったため、今年は上質な酒を流すことができるかと。あとは中央広場に建設予定の鐘塔も、問題なく準備が進んでおります」 「上々だな」  機嫌の良さを声に乗せ、ジネードがまた民の声に軽く手を振る。 「ならば、残りはペサの問題だけか」  ジネードの頭にあの寂しい砂漠の地が浮かんだ。そして、拒絶的な赤い目も。 「あの王を民の前で見せしめにすれば従うのでは?」 「奴隷にするならそれでいい。だが今回は従わせるのではなく、自主的に選ばせる必要がある。そうでなければわざわざシアレンから離した意味がないからな」 「失礼しました。出すぎた真似を」従者が組んだ手を額に当てて顔を伏せる。 「良い。とにかくあの王を手懐ける方法を考えなければ。まぁ、今までの扱いは想像に足る。落ち着くまではしばらく時間が必要か」 「宮殿にひとり残して大丈夫でしょうか?」 「あれでも一国の王だ。国の状況がわからぬ今、下手な真似はしないだろう。あぁ、だが側仕えは必要だな」 「宮殿の者をひとり用意しますか?」 「いや、宮殿の者の中にはペサに良い印象を持たない者もいる。貴族に縁のない者のほうがいいな」  そんな風に思考を巡らせていたジネードへと、横から強い衝撃がぶつかった。勢いのついたその衝撃は、ジネードの脇腹に弾かれるようにして「わわっ!」という声とともに地面へと落ちる。  すぐそばの路地裏から飛び出してきた小さな影。
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