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国境付近まで見送ると言った少女の申し出を断り、ならばせめてと、市場まで続く道を並んで進む。
ジネードよりも頭一つ分低い位置にある布で包まれた頭。その奥にあるであろう異物を想像する。
ペサの民の特徴である二つの小さな角。それは年若い家畜が持つような極めて小ぶりなものだ。そう話では聞いているものの、ジネードは実際近くでそれを見たことがなかった。
布の中に大きな帽子をかぶっているのか、少女の頭に角の片鱗を見ることは叶わない。
そしてあの青年の頭に角がないことに気がついた。
「この道をまっすぐ進むと、さっきの市場に出るわ」
小さな指が指し示した方向に、少し開けた道が見える。昼間だと言うのに相変わらず人通りはないようだ。
「話せて良かった」
そう言って少女がジネードから一歩横へと離れる。そしてまっすぐにジネードを見つめ、目元を緩めた。
「あぁ。こちらも感謝する。また何かあれば言ってくれ」
愛らしく頷いた少女を見て、ジネードがその前を通り過ぎる。すぐ後ろに従者が続き、それを挟むようにして護衛が前へと出た。
ジネードが一度足を止めて振り返る。少女は先ほどと同じ場所に立ち、ジネードたちを見つめていた。
少女が小さく手を振る。
「さようなら、異国の王よ。ペサと、あの人を守ってあげてね」
布地に隠されたその奥で声を上げた少女が、背を向けて駆け出す。舞うように布を広げ、ひらりひらりと。その表情は見えなかったが、ジネードは少女が笑っているのだと思えた。
「あの咳……シアレンが蒔いた病でしょうか」ささやくような従者の声。
抵抗を続けるペサへとシアレンが行った攻撃が、ただの殺傷だけでないことはジネードも耳にしていた。閉鎖的な国では病の広がりも早かっただろう。それによって戦力を失ったペサが陥落したのは、まさにシアレンの思惑通りといったところだった。
「むごいものだな。それだけ互いの憎しみが深いということか」
少女の咳を思い出し、ジネードがフードをかぶって顔を隠した。そしてそのまま少女が消えた道へと背を向け、市場へ続く道を進む。
風が吹くたびに砂埃が舞い上がる大地。神を恨まなかったという巨竜は、はたして今この国を見てどう思うのだろうか。
ジネードはふとそんなことを考え、そしてそんな子供のような考えに小さく笑い、ペサの大地を後にした。
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