ペサの国

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ペサの国

 乾燥した風を顔に受け、フードを深くかぶり直したジネードが、周りから隠すようにしてその眉を歪めた。自国であるクレハとそれほど離れていないはずなのに、ここは異界の地のように温度も空気も違っている。  今まで砂漠と無縁だったせいか、歩くたびに砂煙の立つこの大地がどうにも苦手だと、何度目かになる愚痴を小さくこぼす。  その声を聞いて、そばに仕えていた従者がまたこれも何度目かになる苦笑を浮かべた。  まるでそこだけ色を塗り忘れたかのような、緑豊かな小大陸にぽつんと存在している砂漠地。それが今、ジネードたちがいるペサの国だった。  大陸の半分を占める大国シアレンと、ジネードが築き上げた連合王国クレハに追い込まれるようにして、海沿いに存在している小さな国。  不毛な大地では作物もろくに育たず、かろうじて取れる芋根で作ったパンを主食としているような、とても裕福とは言い難い国だ。  何倍もの国土差のある大国シアレンに対して、長きに渡り抵抗を続けられていたこの国は、民のほとんどが武器を手に取るような、そんな生粋の戦闘民族で作られていた。  王を奪われている今はなりを潜めているようだが、いざとなれば大国だろうとまた果敢に戦いを挑むのだろう。その証拠に、ジネードたちへ向けられる視線はどれも歓迎を示すものではなかった。  彼らを刺激しないように、ジネードが風で浮き上がったフードをかぶり直す。護衛の兵士たちも、緊張した面持ちで上に向けている槍を握りしめていた。 「……まだ完全に従うつもりはないようですね」  すぐ後ろを歩いていた従者が、警戒心を隠すことのない口調で呟く。同じように深くかぶったフードの隙間からは、薄い金色の長い髪が覗いており、同じ色の瞳がジネードへと向けられている。 「王があれでは、な」  ジネードはそうこぼすように口にし、先日見たあの赤い王の姿を思い描いた。  年若いと周りの国々から言われているジネードよりも、幾分幼さが見えたその体つきは、本来であれば成長を期待させる青年期であったのだろう。だが陽の光も入らない牢屋で過ごした時間は、青年の体を細くおぼろげなものに作り変えていた。  抵抗することなくあっさり囚えられたと、シアレンの関係者が歪めた口元で 「所詮はただの獣の集まりですよ」と言っていたのを、ジネードは「どうだかな」とどこか否定的に聞いていた。  あの牢屋で見た青年に、諦めの色は見えなかったからだ。  はたして自分はあそこまでの屈辱に耐えることができるだろうか。繰り返される拷問の中で、あの青年のように瞳から輝きを失わずにいられるのだろうか。  その目を思い出して、ジネードは無意識のうちに喉の乾きを覚えていた。救ってやりたいという気持ちと同じかそれ以上に、全てを暴いて手の内に入れてしまいたいという衝動に近い感情を感じていた。  ペサの王。スィル=アーダント。静かに燃える炎のようだと、あの青年に対してジネードはそんな印象を持っていた。 「これからどうなさるおつもりですか?」 「今はこれでいい。下手に動いて刺激する必要はないだろう」  声を潜めたまま、市場とは言い難い人の少ない通りを歩く。その活気のなさはジネードにとって大きな課題の一つであった。  まとまりのない小国だらけだったクレハの大地でも、ここまで寂れた貧しい国はない。やはり土地の豊かさに恵まれなかったためか、はたまた長く続いていた隣国シアレンとの戦いのせいか。
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