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「奏絵、こっちこっち」  フロアに足を踏み入れた途端、離れたテーブルから文乃が手招きをしてきた。 わたしは面食らいながらも、彼女のいるテーブルに近づいた。 「来てくれたんだー。嬉しい。こういう催しはあんまなじみないかもしれないけど、まあゆっくりしてってよ」  文乃はパイプ椅子から身を乗り出すと、目をくりくりと動かして見せた。 「ありがとう。思ってたより大きい部屋だね」  わたしはイベントの会場を見回して言った。ホテルの大広間には及ばないが、ちょっとしたパーティーくらいなら、開けそうな部屋だ。 「そらそうよ。刹幌テレビタワーの二階だもん。……とはいえあたしも、参加してみて驚いてるんだけど」  わたしは文乃の前に並んでいる冊子を手に取った。表紙が和紙のような厚みのある紙で、小説と詩の本らしかった。 「買わなくてもいいから、しばらく眺めてってよ。人が途切れると結構、辛いからさ」  文乃は扇子を取りだすと、首筋に風を送り始めた。確かに人気のあるブースには人だかりができているようだった。わたしは文乃に耳打ちした。 「だけどさ、正直、文芸って良くわかんないんだけど」 「そうだよね。まあ、手作りの本を見に来ました、くらいの感じで楽しめばいいんじゃないかな?」 「そっか。……それじゃ、ぐるっと見てくるね」  わたしは文乃の前を離れ、フロアのひやかしを始めた。数名で元気よく接客している若者のグループもあれば、一人でひっそりと店を構えている年輩の店主もいた。  ――みんな、何を基準に品定めしてるのかな。前もってお目当てを、調べてる?  わたしは不思議に思いながら、店頭に並ぶ冊子を眺めた。バッジやハガキなど文章をプリントした雑貨はともかく、文字の詰まった冊子は衝動的に買えるものではない。 ――マンガなら立ち読みするんだけど。  わたしは品定めをする来場者たちを遠巻きに眺めながら思った。 「文芸フリマ」という催しを知ったのは二週間ほど前の事だ。ちょっと嫌な出来事があって、もやもやしていたわたしに文乃が「私、文芸フリマって奴に出店するんだけど、タダだから来ない?」と誘いをかけてきたのだった。  せっかくだから一冊くらいは買っていこうか、それとも絵葉書でも買ってお茶を濁そうか……そんな事を考えていると、あるブースの前で足が止まった。
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