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「お!犀川くん、奇遇やね」
早朝の花壇で、図書委員長である会津はそう言った。
まだ眠たいのか、欠伸なんてしながら犀川に手を振る。日に透けた長めの銀髪が輝いて見えた。
花壇のベンチに座る犀川の横に、自然な流れで座る会津は、珈琲を犀川に渡す。
「偶然じゃないですね」
「そうやね、バレた?」
いちごみるくを片手にお茶目っ面で笑う会津は、ストローを口に加えて「甘くて最高」なんて言っている。
「で、なんの用が?」
「いや、犀川くんが気になって。最近憂いに満ちてる的な」
「先輩僕の事が好きなんですか」
「好きやで。うん、大好き」
思わず貰った珈琲を落としそうになった。
冗談で言った事が肯定されると流石に驚く。
「冗談ですよね」
「さあ? どうやろう。どう思う?」
今まで生きてきた中で告白なんてされた事がない犀川には、会津の気持ちを聞かれた所で、その真意が分かるわけもなく、曖昧な言葉に翻弄される。
「分かりません。僕には」
「犀川くんは、人付き合い苦手そうやもんね。憂いはそれかな? なんてな」
「僕の心配なんて、出会って間もないのに」
図星をつかれて、皮肉を込めて返答した。
余り表情を面に出さない犀川の、心情を見抜くのはなかなか出来る事ではない。
好きなのは冗談だろうが、犀川を見ているのは間違い無さそうだった。
「犀川くんからしたら間もないかもね。でも、俺からは違う。犀川くんが思う以上に周りは君を見てるんとちゃうかな」
「…まるでストーカーみたい」
それならば友人になってくれた西条や三和にも当てはまってしまう。自分を思ってくれる二人を、そんな風に思うわけが無かった。
「憂いはとれそうかい?」
眩しい笑顔でそう言った会津に、犀川は「少しだけ」なんて言ったのだ。
人は誰かと繋がってたいんだなと思った時があったが、犀川もきっと本当はそうしたかったのかもしれない。
「ほな、風紀が来たから俺いくわ。犀川くんまたね」
「…ありがとう、ございます」
気恥ずかしそうに会津にお礼を言えば、可愛 いなあと、頭を撫でられる。
多分好きは嘘だろうが、犀川を心配してくれているのは確かだった。
「やめてください」なんて、撫でる手を叩いたが、「犀川くんらしい」なんて、気にした様子もなく、その場を立ち去った。
「あれは会津かあ。犀川くん仲が良かったんだね、彼と」
「…立花先輩、後ろから来るのはやめて下さい」
会津の後を目で追っていれば、背後から現れた立花先輩に、少し驚く。
会津が言っていた風紀が来ると言うのは立花先輩だったんだなと、直ぐに理解した。
「ここは風紀委員の管轄なんですか?」
「そうだよ。とっても大事な場所なんだ」
その大事な場所に毎日いる犀川はどうだろう。注意はされた事がないものの、居たらまずいのではないかと思う。
「あ、犀川くんは大丈夫だよ。皆知ってる」
「そうですか」
1年から来ていたから害がないと思われているのだろうか。そんなに大切な場所だとは気付かずに過ごしていたなんて。
悩んだ素振りを見せていたのだろう、立花先輩の言葉に安堵する。
「それで会津とは何を話していたの?」
「別に…世間話」
「へぇ。いつの間に仲が良くなったのやら」
犀川の言葉に答える立花先輩は、何時もと違って少し怖く見えた。笑顔がないのだ。
会津と余り仲が良くないのかも知れない。
自分の周りすら分からない犀川には、学年が違う先輩の周りを把握出来る訳もない。
「犀川くんは他人に対して、優しい顔も出来るんだね」
「意味が分かりません」
「あれ? この前目があった気がしたのに気のせいか、残念」
話題を無理やり変えた立花先輩は、犀川の背後で頭を撫でながらそう言った。
何故撫でられているのだろうか。
「気のせいですよ、窓を良く眺めているので」
「そっか、いつか俺にも笑いかけてね」
どんな顔でそう言ったのかは分からない。背後に立つ先輩の、手を叩いた。
余り撫でられたら嬉しくて勘違いしてしまいそうで、風紀の管轄だからと自分に言い聞かせた。
「やっぱりまだなつかれてないなあ」なんて、小言を漏らした立花先輩に、なつく以前に好きで仕方が無いのになんて、心で思ったのだった。
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